沢の螢

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風薫る
2003年05月07日(水)

Uさん
東京は、緑の風が、さやかに肌を撫でていくような、良い季節です。
すっかり新緑になりました。
京都の今頃は、もう少し暑いのでしょうか。
遙か昔、大学の修学旅行で、4月半ばの京都の暑さに閉口した経験があるのですが、昔からご当地に住んでおられる方は、きっと、上手に暑さを凌いでいらっしゃるのでしょうね。
「京都に来たら知らせてください。いつでも案内します」といってくださったのに、まだ、その機会が訪れていません。
新幹線に乗って、数時間で着く距離なのに、なぜか、私には、少し遠いのです。
あれは、大学2年の時でした。
叶わぬ恋をして、傷つき、ちょうど春休みでしたので、急に京都に行ってみたくなりました。
そのころは、新幹線なんてありません。
鈍行の夜行で行くことになり、私は、「友達と一緒だから」と、親に嘘をついて、夜行列車に乗り込みました。
岡山に帰省する後輩と一緒でした。
ですから「友達と一緒」というのも、あながち嘘ではなかったのですが、京都では、誰も連れはいなかったのです。
偶然、私の家に電話して、私の京都行きを知ったあなたは、東京駅に駆けつけてくださいましたね。
生まれて初めてのひとり旅、不安と、どこか期待感もあって、どきどきしていた私に向かって、「ちゃんと帰ってくるんだよ。いいね」と、少しこわい顔で言いましたね。
あなたは、私の恋のいきさつを知っていた、ただ1人の人でした。
事情を知らない後輩が、怪訝な顔をするのもかまわず、あなたは、まっすぐに私の目を見ていました。
その時、私は、一瞬、列車から降りてしまいたい気持ちに駆られたのです。
悲しみが、ワッと胸に押し寄せてきて、口を開くと、嗚咽が漏れそうでした。
あなたは、そんな私の表情を見て、今度は明るい声で、「いいさ。ゆっくりしてお出でよ。
修学旅行も終わって、静かだから、ゆっくり見物出来るよ」といい、「車中で食べて」と、果物やお菓子の入った袋を、手渡してくれました。
時間が来て、ゴトンと走り出した列車と並んで、ホームを歩きながら、手を振ってくれたことが、昨日のように思い出されます。
それから長い年月が流れました。
人生の節目に、時折、Uさんだったらこんな時、なんと言うだろう、また、Uさんがいたら、解ってくれるのに、ということがありました。
別々の人生を歩んでいながら、私にとってのUさんは、夜汽車を見送ってくれたあのときのUさんなのです。
いつか、同窓会で偶然お目にかかった時、京都のことは一言もいわないので、私は、あなたが、だいぶん前から京都に住んでおられることは、ずっと知らずにいました。
人伝に聞いて、手紙を差し上げた時、「京都に来ることがあったら・・」と、初めて言ってくださったのですね。
いつかそんな時がくるでしょうか。
窓を少しふるわせて、風の音がしています。



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