沢の螢

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新緑
2003年05月04日(日)

私の両親が、この新緑の季節に、数日を我が家で過ごすためにやってきた。
「昼頃迎えに行くから」と言っておいたが、12時少し前に、向こうに着くと、母はすでに、着替えなどの荷物を作り、外出着で、待っていた。
二人とも、楽しみにしていたらしい。
すぐに、そのまま、ケアハウスのスタッフに挨拶し、両親を車に乗せて出た。
渋滞もなく、30分ほどで家に着いた。
父は、昨年の今頃に比べると、大分足が弱り、道路から一段上がった門の中に入ったり、玄関の上がり框で、靴を脱いだりする時も、時間がかかるようになっていた。
無理もない。
ハウスでは、自分の部屋と、食堂との間を行き来するくらいで、あまり外にも出ないのだから。
スタッフも、介護度の高い人に、どうしても手を取られるので、曲がりなりにも、自力で歩ける父は、あまりかまってもらえないのである。
散歩が好きで、家にいた頃は、時々行方不明になったものだった。
その辺までと思っていたら、道がわからなくなったらしく、どこまで行ったのか、夜中の12時近くになって、親切な人から電話があり、迎えに行ったこともあった。
ずいぶん、パトカーのお世話にもなった。
それも大変だったが、歩けなくなった父を見る方が寂しい。
「明日は、散歩しましょう」と夫が言うと、「そうだねえ」と父は答えた。
耳の遠い母と二人でいると、コミュニケーションもうまくいかないのか、父は口数が少なくなった。
3年前、家にいた時は、週に2回、デイサービスを受けていて、短歌やパズル、社交ダンスを楽しんでいた。
今の父は、そういう場所がない。
自分の置かれた環境に対して、不平、不満を一切言わない父、心の内を察するのが難しい。
母は、よく喋る。今日も、夕食の食卓では、1人で話題を独占していた。
しかし、また父とは別の意味で、耐えていることがある。
若い頃、看護婦をしていた母は、人に対して献身的に尽くすところがある。
90歳になってもなお、父の世話は自分の仕事と、決めているところがある。
少しばかり、つらくても、なるべく人の手を借りずに、父の世話をしようとする。
その結果、時々、パニックになるのである。
ハウスのスタッフに全部まかせればいいのだが、一緒に住んでいるので、気持ちから逃れられないのである。
こういう両親を持つと、子どもとしては、不甲斐なさばかり感じられて、つらいものがある。
「親孝行出来ることは、幸せよ」と、友人に言われた。
そう思うことがせめてものことと、考えることにしている。



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