不思議っ茶の日記
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| 2010年04月29日(木) |
昭和の日、かぎっ子の話をする |
「かぎっ子」という言葉を知らないと息子に言われて ヒンソな国語力やな〜〜〜〜といったが
その言葉は使われていないらしい。
私が小学生だった当時、主婦が働きに出て行く社会現象の象徴として「かぎっ子」という言葉が新しい日本語として登場した。 昭和30年代後半の高度経済成長期である。
安い労働力であっても多少の収入があればというので 女性もどんどん働きに出ていくようになった。
子供は家に鍵をかけてその鍵を持って学校へ行く。 学校から帰ってくるとかばんを置いて宿題をして 鍵をかけて友達と遊びに行く。
帰ってくると鍵を開けて家にはいり 一人で留守番をする。
夕方母が帰ってきて、多少遅くても夕餉となる。 今日あったことや、テレビを一緒に見ながらひと時をすごした。
そして、明日の学校の連絡帳を見せてもって行くものを 調べてもらい、就寝となる。
朝は、朝ごはんをおいて先に父母が出て行く。
ひとりで朝ごはんを食べて後片付けをして 学校へ行く。
そんな子供をかぎっ子というが、なぜかぎっ子が話題になったかというと 話の流れがあって、昼ごはんが遅くなったのであわてて 台所にいくと なんだかいいにおいがした。
この・・・・においは??
あれ??
あ・・・・・・チキンラーメンだ!!!!
息子に言うと、あたり!といった。
私も昨夜の残り物のスープとチャーハンを食べながら 息子のチキンラーメンをつついた。
あの濃厚な醤油となんといったらいいのかよくわからない 香ばしいラーメンの香りがした。
一口食べて・・・
「ああ・・・・・かぎっ子の味だ〜〜〜〜」
といったことからこの話になったのだ。
土曜日は給食がない。 まだ、食事もろくろく作れなくて しょうがないのでこのチキンラーメンを食べていた。
それで「かぎっ子の味」などといったのだった。
いまやかぎっ子は、存在しないのかというと 小学校低学年では学校から地域の児童館などで 子供を預かってくれるので、両親が留守の家に鍵をもって 入ることもなくなったからかな、と思ったりする。
私にとってチキンラーメンは、ちょっと寂しいかぎっ子だった昭和の 味でもある。
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