不思議っ茶の日記
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安倍総理は・・よほど・・人に恵まれないのかと思った。
人事力が問題視されてきたが。
柳沢氏、松浦氏のつぎは、久間氏・・・・・防衛省のお大臣。
防衛省になったのですぞ。
久間氏の発言は日本とアメリカが戦争中、原爆をアメリカが投下したのは、『戦争を終わらせ、ソ連の参戦を阻止するためにしかたがないことだった』といういみだ。
当時日本はとっくに負けていたのです。それをアメリカはわかっていました。 ポツダム宣言は、5月に発令されていました。
日本はそれでも、一億総玉砕・本土決戦などと、値打ちのない意味のない面子にこだわっていました。国民は疲弊していました。食べるものもない、すむ所もない。頭の上をB29が飛んできて、爆弾を落としていく。毎日が、地獄だったと思います。
8月6日ヒロシマに原爆が落ちました。
日本の政府の軍部の誰がそれを一大事と捕らえたか?誰も、原子力の新型爆弾の意味もしらないで、なんのことやらわかりませんでした。
ヒロシマは、人類史上はじめて原子爆弾で被爆しました。それは、生き残った人たちも、その子孫にもおよぶ被爆でありました。
日本の政府も軍部もそれでも、一億総玉砕を叫んでいました。
つまり・・国民に「死ね」・・・ということです。 想像がつかないほどの多くの人が、ヒロシマで死んでいたのにもかかわらずです・・・そんなことも認識できなかったのです。
ついで、長崎にも原爆が落ちました。9日です。
それでも、政府と軍部は、「また?」ぐらいの認識しかしていませんでした。想像もつかないほどの多くの人が亡くなりました。
本当に「一億総玉砕」がひたひたと、迫ってきました。
ポツダム宣言の受諾をきめたのは、その後、ソ連の南下による、樺太(サハリン)の占領でした。 政府と軍部はソ連に話をして、なんとか終戦に持っていこうと考えていました。
思いもよらぬソ連の参戦で、もはや自力で終戦は無理だと思ったのか、ここに来て初めて、ポツダム宣言の受諾を検討しはじめました。
そして、終戦になりました。陸軍が最後まで反対したことは有名なことです。
受諾に伴って、その時ソ連が占領していた北方領土と、アメリカが上陸し占領した沖縄が、日本の本土から切り離されました。
国連軍の中心たるアメリカの軍隊が勝った官軍として日本に上陸しました。それによって、ソ連の本土への上陸はなかったわけです。アメリカは自国の国益を重視して、これから始まる対ソ連との冷戦に一歩先んじる、原爆投下によって自分たちの国力を見せ付けたのです。
久間氏の原爆が投下されずに終戦がのびたら、ソ連に北海道が占領されていたので、原爆の投下は、しかたがないという意味の発言。
ちょっと違うような気がしました。
日本の政府も軍部も、原爆の投下など、なんのことやらわからず、ソ連の樺太(サハリン)占領によってはじめて、びっくりしてとんでもないことになったと認識したわけです。それが直接ポツダム宣言につながっています。
原爆が直接の終戦の原因ではありません。
原爆の投下が、いい結果を得た・・・・わけではありません。
日本の歴史観の認識不足は、中国や韓国にたびたび指摘されますが、大臣たる人、しっかりと歴史観を持っていただきたい。
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