不思議っ茶の日記
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2006年06月23日(金) ガラスの少年2

奈良県田原本町の医師宅の放火殺人事件。

気になったのは、犯人がその家の長男で普通の高校生であること。
しかも目立たないとかおとなしいとかではなく
意志をきちんと持った、優秀な生徒であったこと。
ご両親が医者で、裕福だったこと。

もうひとつ、継母とその子供達が亡くなったこと。
家族とは何か?血の繋がりとは何かを考えさせられた。

ある友人に、子連れの男性と初婚で結婚した女性がいる。

なさぬ仲という。
それも男の子と女の子・・・十代の難しい盛りの
子供達であった。

彼女は優しい女性である、心の強い女性である、それでも悩んだ。
通じない気持ちに、苛立ちと絶望を感じた。

やがて、自分にも子供が生まれた。

先妻の子と、わけへだてなく愛情を注ぐ努力をしたという。

自分の子供なら、そんな事に気を使う必要もない。
しかし、他人の子であれば、気を使わなくてはならない。

家出を繰り返す息子を、なんども探しに行った。

実の子であればこんな思いをしなくてもいいのに。
お母さんは二度目の人なんですねと、言われて、自らも無言の圧力に負けそうになった。

娘は引きこもりになった。
部屋から出なくなった。

そんなことになったのは、まま母の責任といわれて、また悩んだ。

真心が通じないわけが無い。

彼女は、それを信じて、自分の子供、自分の子供と言い聞かせて、接していった。

やがて、娘が口を利いてくれるようになった。うれしかった。


それから、元気で明るい実の息子が、血小板の病気になった。

その時、実の母は子供の不幸にこれほどまで身を切られるほど、悩むのかと思えば先妻の子供達にどんな愛情をしめしてきたのか、疑問に思った。

まだまだ、本当の母親になれてないと分かった。

子供の病気は、奇跡的に回復した。

明るく堂々としている彼女は、いい妻でありいい母親なんだろう。
近所でも信頼を得ている。

だからといって、この事件では継母が問題というわけではない。
それほど、親子関係は難しいのに、義理の親子で、しかも十代の少年となれば、本当の母親でも理解しがたいものだ。

この事件の息子にとって、父親だけが唯一の肉親の存在だった。

仕事に追われる父親に、日常の生活を相談した母親に、いらぬことを告げ口したと憎悪を感じたのだろう。

逃げ道の無い迷路にはいって、絶望と孤独を味わった少年は、継母と弟妹さえいなければ・・・・・と、結論付けた。

そこにいたるまでに誰かこの寂しい心に気が付かなかったのかと、残念でたまらない。

この少年と我が息子は同じ年である。
だからなぜか、ダブって見える。

たしか、中学一年のとき、長崎県で駿ちゃんという幼児が駐車場からなげ落とされて殺された事件があった。
あの犯人もおなじく、中学一年生だった。

その時も、私はショックで・・・・ふと息子が心配になったりした。

彼との会話が行き届いているだろうか・・・・・・
気持ちが行き届いているだろうか・・・・・

今回も同じく思った。

彼が辛くなった時、逃げ道を作っているだろうか・・・・

私と二人になると彼はよくしゃべる。
ちゃんと育ってる・・・私は必要とされている、と感じる。

そうして、確認しながらの育児である。
殺された継母さんは、小さい実の子を育てながらである。
しかも医師としての職業ももっていた。

かなりハードな毎日だったのではないか。

少年とゆっくり対話することがあったかと、思う。

「○○ちゃん〜〜大好きだよ〜〜
小さい時ね・・・・○○ちゃんは、こんな赤ちゃんでした・・」

と、私は子供に話して聞かせる。

すると、生意気な子供の顔が、とまどいながらも自分の生い立ちの短くともどんなに育ってきたかを確認する瞬間となる。

私だから・・・君達にこんな話しができる・・・おとうさんじゃ、無理・・と思いながら・・・。


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