不思議っ茶の日記
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2005年08月13日(土) 平和の維持

終戦記念日の重みが年々薄れていくような気がする。
戦争体験者が減っていっているためだろう。

私の子供のころ、大人というと全員が戦争体験者だった。

母は、教師で生徒を連れて集団疎開を経験している。
食べ物や住む家、衣服で辛い思いをしている。
大好きな英語を学べなかった悔いもある。

その話しを聞かされて育ったため戦争のイメージは母から多少なりともきちんと受け継いでいると自負している。

「アメリカの戦闘機が、機関銃を撃ちながら追いかけてくる。
振り返ってみると、はっきりとアメリカ兵の顔が見えた。
わたしは、必死で逃げた。」

という単純な話しも、当人の体験だと真に迫ってきた。

よく、テレビの戦争のドキュメントやドラマも一緒に見た。
戦争のパネル展などにも連れて行かれた。

そのつど、「わかる。そうやった・・・おかあちゃんもな〜〜」と
話しをし始める。

体験者の話は重い。

日本は高度経済成長期にあって、「もはや戦後ではない」と言い切った
馬鹿政治家がいた。

戦犯を処分したら戦後は終わるのか。

韓国や中国の戦争責任追及を聞くと、アメリカや国連のほうを向いて
責任をはたしたかもしれないが、アジアに向かってたとえODAで
どれほどの貢献をしたかといっても、なかなか理解されない。

どうしても、日本の帝国主義に対するアレルギーがぬけきれない。

戦後は、終わらないのだ。どこまでも続いていくものだ。

戦争を始めるのは簡単だが終わらすのは難しいと言った人がいた。
そのとおりだ。

戦後、日本国憲法の戦争放棄の項目によって、日本人と日本国は
戦争から守られた。

戦後60年、多くの戦争があった。今も戦争はある。
軍隊を持つことが戦争につながる事だというのなら、どの国も軍隊を
放棄したらいいのではないか。

平和を維持するコツとは軍隊と武器を放棄すること。
勇気の要ることだ。

日本がお手本だということをもっと世界に訴える必要がある。


さくちゃん |HomePage

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