a Day in Our Life


2005年05月13日(金) 平成夢男感想文。(ニシキド+ヨコヤマ)


 「ヨコヤマさん」

 ねっとりとした声に呼ばれて、振り返ると同じくらい粘着質な視線がヨコヤマを捕えた。知っている目だ、と思った。まるで鏡を見るように、ニシキドの昏い目がヨコヤマを見ていた。仄暗く、底が知れない。それはいつか、鏡を覗いた自分の沈んだ瞳と同じ色をしていた。
 「まだまだ足りませんよ」
 まるで欲望のままに、ニシキドはそう言った。それが彼自身のものか、彼の黒いスーツの内ポケットに潜む手帳がそう望んでいるのか、ヨコヤマには判断しかねた。ただ新聞記者として、面白ければそれでいいんだ、とニシキドは言った。
 「映画の為なら人の一人や二人、死んだっていいじゃないですか」
 あなたの為でもあるんです、と嘯くニシキドが、そんなことを望んでなどいないことを知っていた。いや、望んでいないというのは違うかも知れない。それがヨコヤマの為ならニシキドはそもそも協力したりなどしない。映画のヒットがヨコヤマの為にならないことを知っているから、ニシキドにとってはそれ自体はどうでもいいことなのだ。
 「そんな事をする必要性って、ありますか?」
 ゆっくりと口を開いたヨコヤマの声は、自らが思う以上に淡々としていた。ヨコヤマにとってもそれ自体がどうでもよかったのかも知れない。
 「それはあなた次第でしょう」 
 歌うようなニシキドは、楽しんでいるようにさえ見えた。それは本当に、ただ楽しんでいるだけなのかも知れない。世の中に起こる事件の全てを。人の生死でさえ。
 「私は映画の為、あなたはジャーナリストとして生き抜く為に、どんな手を使っても構わないということですか」
 その為に人の死ですら厭わないと言う。同じように嘯いたヨコヤマの言葉が肯定なのか否定なのか、それだけでは分からなかった。探るようにゆっくりと持ち上げた視線がまた少し絡んだ。見遣るニシキドの目線もゆらりと揺れる。
 「当たり前じゃないですか」
 だから本当に、頼みますよ、と近づいたニシキドの手がヨコヤマの肩に触れる。五本の指が絡みつくようにヨコヤマを捕らえる。逃がさないように、それはニシキドの無言の圧力のようにも思えた。
 「何を、躊躇ってるんですか。それともこの期に及んで正義でも掲げるつもりですか?」
 瞬間、刺すようなニシキドの視線がヨコヤマを射抜いた。
 「あなたはもう、人を一人殺してるんですよ」
 視線より鋭いニシキドの声は、押し殺すことによって震えてさえ聞こえた。悔しいのか、悲しいのか、やるせないのか、いっそそれら全てをないまぜにした表情で、声色で、ニシキドは、ヨコヤマを捕らえて離さない。
 「……分かっとるわ」
 だらだらと顔を背けて、ヨコヤマはニシキドから離した目を伏せた。ニシキドの言葉の意味を理解して、無意識のうちに口調が変わっていることにヨコヤマは気付かない。痛みに耐えるように、搾り出すような声が橋から滑り落ちて、水中に沈んでいく。その軌道を見送ったニシキドが、視線を戻す。ゆるりと唇を歪めてヨコヤマを見た。
 「ところで、ご存知ですか。あなたの映画のモデルの渋谷スバル。その弟は、心臓を患っているらしいですよ」
 ニシキドの声が耳に届いたか届かなかったかのうちに、ヨコヤマが勢いづいて顔を上げる。目が合ったニシキドは、薄らと笑っていた。
 「おや、ご存知なかったですか?亀梨カズヤの網膜はく離や渋谷スバルの頭蓋骨骨折を知っていて茶番を仕組んだあなたも、その弟の心臓病までは知らなかったんですか。それとも、」
 一旦言葉を切ったニシキドが一歩足を進める。互いの息がかかる程の至近距離で、殆ど殺されそうな鋭い視線が瞬きもしないで降りかかる。
 「知らないふりをしていただけですか?」
 「…ホンマに、知らんかったんや」
 低く唸るようなヨコヤマの声に、ニシキドは鼻で笑う。まぁ、どっちでもいいんですけどね、そんなのは。知っていたからってあなたに何が出来るわけじゃない。そもそも、するつもりもないでしょう?
 「だってあなたはそうやって、ムラカミさんを殺したんだ」
 そうでしょう?とニシキドの声が言う。歌うようなその声が、捧げているのは鎮魂歌だったに違いない。



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捏造にも程がありました。

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