a Day in Our Life
「あ、」
ラジオ局を一歩出た途端、村上が短く呟いて、横山は顔を上げた。 「何?」 「キンモクセイや」 きょろきょろと辺りを見回す村上が、目当てのものを見つけて笑みを浮かべる。 「こんなところにあってんなぁ。花咲かんかったら気付かへんわ」 というか、3年も通ってて今年初めて気付くんもどうかと思うけど。 相槌すら打たずに黙ったままの横山を気にも留めず、一人喋る村上の目線を追えば、その先にオレンジの小さい花々。ふわりと風に乗って、強烈に薫る独特の匂いが鼻をつく。ふぅん、と聞こえるか聞こえないかの生返事を返して、ポケットから取り出した煙草を一本、口に咥えたところでやんわりと村上に止められた。 「何」 憮然と問えば、村上の微笑みが返って来る。 「今だけ一緒に禁煙しようや」 「何で俺がおまえの禁煙に付き合わなアカンねん」 「まぁ、そう言うけどな」 折角キンモクセイが薫ってるんやから。たまにはゆっくり味わってみてもええやん? 言って大袈裟に深呼吸をした村上が、ひどく楽しげだったので。横山は唇に咥えた煙草を黙って箱に戻す。あまつさえ、「トイレに行きたなるわ」などという無粋な返しは声に出さず、口を噤んだ自分を随分と甘いと思った。
***** 健康第一。
|