a Day in Our Life
ドアを開けて横山を出迎えた村上は、あからさまに驚いた顔をした。 「え…ヨコ、なんで?今日、仕事は?」 もう、お互いのスケジュールも把握しきれていない、そういう小さな事実に気付いて少し傷付く。休み、とだけ言った横山が、本当に休みなのか、それとも自主休日なのか、それすら村上には分かりかねた。 「まぁええわ…入って」 多くは聞かずに部屋に通す。突然に押しかけて村上の体が空いているのかどうか、それすらが賭けではあったけれど、タイミングがよかったのか、それともそもそも今日は撮影がなかったのか、とにかく、村上は部屋にいた。久しぶりに目にする顔を、じっと見る。 「…何?」 「や。久しぶりやなぁ思て」 「ついこの木曜に会いましたやん」 「まぁ、せやけど」 会う、と逢う、は違うんじゃないかと思う。けれどそんな小さな違いを言葉にして伝えるのは難しくて、結局横山は、ただ黙ってしまう。村上も、全く分からないわけじゃないのでそれ以上は聞かず同じように、静かに口を噤んだ。 要するに顔が見たかったのだと、それだけなのだ。 そうすることに理由があるのか、と思う。七夕にかこつけて発作的に来てみたけれど、そんな言い訳も、バカバカしくて言う気にはなれなかった。毎日を忙しく過ごす村上が、今日が七夕だということに、気付いているのかすら怪しいと思う。 「まぁええわ。折角来てくれたんやし。俺も今日は後なんもないから、ゆっくりしよ」 言って笑った村上が、腹減ってへん?と聞いてくるのに、言われてはじめてそういえば減っていたかも知れない、と思い当たった。そんな横山にまた笑った村上が、ほななんか作るから待っとって、と立ち上がるのを遮って、 「おまえに任せたら何出てくるかわからんから、俺が作るわ」 台所に立とうとする横山の後ろ姿を、若干ムッとした顔で眺める。 「バカにすんなよ。俺かって料理くらい出来るちゅーねん」 「出来るんと上手いんとは違うやろ。おまえより俺のがウマイもん作れる」 「それがバカにしてる言うとんの」 正直なところ、どっちが作ろうがどうでもよかったのだが、そんなやりとりも楽しくて、ムキになってやりあった挙げ句、結局は二人で台所に立った。最近は番組の仕事で料理をすることも少なくなくなり、触れる機会が増えた分、それなりに様にはなってきたらしい。貧相な冷蔵庫のありあわせだけで、それなりの料理を作り、二人で食べた。テーブルに向かい合って、盛り上がるわけでもなく、淡々と現状報告にも似た互いの話をする。話の端々に出る自分ではない誰かの名前を気にしても、それを言葉にすることもない。 「ヨコ。今日は帰らんの?」 ふと窓の外を見遣った村上は、暮れた空を見て、時計を見た。気がつけばもう、8時を過ぎていた。これから家を出たとしても終電にはギリギリ間に合うか、のんびりとしている横山は、今日は帰るつもりはないらしい。 「明日の入、遅いから。朝イチの新幹線で帰るわ」 どうせおまえも朝早いんやろ?と問えば、村上は黙って頷く。また、離れ離れの生活に戻るのだ、と声には出さず互いが思った。 「そういやおまえのドラマ、今日からなんちゃうん」 まるで今思い出した、というように横山が言えば、あぁ、とか微妙なトーンの返答が返る。 「折角やから見たるわ」 言って横山は、もう椅子から立ち上がる。始まりまでは少し時間があったので、テーブルに放置されたままの食器を流しに運びだす。一瞬、何か言いかけた村上は、僅かに逡巡したけれど結局、何も言わないまま横山に続いた。流れ作業で洗って、拭いて、食器を戻す頃にはちょうど、短針が9時を差す所だった。台所を離れてリビングに向かう。それでやっとリモコンを手に取り、テレビを点けた。チャンネルを合わせてリモコンを戻す。クッションを背に座り込む横山を見遣って、その隣に腰を下ろそうとした村上の、腕を掴んだ。 何?と聞くより先に、腕ごと引っ張られる。勢いのまま横山の体一つ前、足の間に入り込むような形で座らされた。腕は解放されて、そのまま横山の両腕が体に回りこんで来る。 だって、顔が見たいと言って来たけれど。 実際に顔が見れたなら、触れたいと思うのは当然のことでしょう? 後ろから抱きしめるような形で、横山は村上の肩に顎を乗せ、テレビに目を向けた。熱心に見たことはないにしろ、聞き覚えのあるテーマソングが流れて、ドラマが始まる。 「ぅわなんか、こん中に入っとるん、おまえ」 聞けば17年もの歴史があるというドラマの、完成されたその場所に、今、腕の中にいる村上が入り込んでいるというのがなんとなく、横山には信じられない気がした。そんな風に言ってみれば、まぁね、と短く返って来る。きっと実際この目で見ても不思議な感じなんやろうなぁ、とぼんやりと待ってみても、いつまでも村上の姿は見えない。 「…出て来んやん」 「…まぁね、」 やって俺、今日、出ぇへんもん。 サラリと返された。 「え?」 「出番。来週からやねん。予告には出るけどな」 「そぅなん?」 「ぅん、そう」 「…なんや」 わざわざ見に来たのに、と小さくボヤいた声は、至近距離のせいで余さず村上に届く。しまった、と思った時には気持ち後ろを振り返った村上が、驚きの声を上げていた。 「…そぅなん?!」 「…………。そぅや」 こうなっては誤魔化しても無駄か、と横山は、正直に認めた。代わりに腕に力を込めて、完全に振り返ることを許さない。そんな横山の行動に内心で微笑った村上は、前を向いたまま、満足げに笑む。 「そぅなんや」 「出ぇへんなら出ぇへんてはよ言えや」 今までの30分(以上)は何やってん、と顔一つ分後ろで横山がボヤくのに、やっぱり笑った村上が、 「これ、来週に続くねん。前編見たら後編も見よ思てくれるかな、と思って」 「アホか」 そう答えるのにため息交じりに吐かれた横山の呟きは、照れ隠しにも似て。 「…なぁ、ヨコ」 「ん?」 「ホンマはなぁ、嘘か思ったんよ。ドア開けて、ヨコがおった時」 「何で」 「やってな、願い事しててん。ほら今日、七夕やろ?やから、」 天の川に、ヨコと逢えますようにって。 言った自分の言葉に珍しく照れた村上が、俯くのに顔を寄せた。互いに今、顔を見られたくないのは同じで。だから、必要以上に頬を寄せて。その熱さを実感しながら。 「・・・・・会いたかった」 「俺も」 素直な言葉が口に出る。だってきっと、同じように思ってたから。 互いの腕と、体の温もり。確かにここにいると感じる。そんなことが、こんなにも嬉しいだなんて。 気がつけばもう、ドラマは終っていた。 |