a Day in Our Life


2004年03月21日(日) 事故。(横雛)


 「ヒナ!事故ったって、ホンマか!」
 ドアを開けた瞬間に開口一番でそう問われると共に、ひどく切羽詰った横山の顔を見た。
 「あぁ…うん。なんで知ってるん?」
 「そんなんどうでもいいねん!怪我はないんか?大丈夫なんか?」
 「見ての通り、ピンピンしとるよ…なぁヨコ、落ち着けって、」
 「落ち着いてなんかいられるか!」
 横山の剣幕に村上は、びくりと肩を強張らせた。横山の怒鳴り声なんて、久し振りに聞いた。今にも噛み付かれそうで、知らず一歩後ろに後退する。そんなことには気付いていないであろう横山は、それでも感覚として、後退した分を確実に詰めて来た。
 「…何で連絡してけぇへんかってん」
 さすがに興奮しすぎたと思ったらしい。大きく息を吐いて、気持ちを鎮めた。
 「色々せなアカンくて。警察呼んだり、保険屋に電話したり。俺も初めてのことでテンパってもぅて、マネージャーさんに電話入れるだけで精一杯やった」
 ごめん、と呟いた。
 「心配してくれたん?」
 「……するに決まってるやろ」
 「そぅ…そうやんな」
 不機嫌を露にした声で、俯いてしまった横山の、つむじのあたりを見つめた。また、ひとつ息を吐く。きっとマネージャー経由で話を聞いて、今までずっと心配してくれていたのだろう。状況を知らされずに事実だけを聞けば、心配するのも無理はない。
 「軽い物損だけで、ホンマに大したことなかってん。車もちょっと互いに傷いっただけで、トラブルもないし、大丈夫やった」 
 俯いたままの横山にひとつひとつ、説明をした。まるで自らの不実を補うように。余裕がなかったのは確かにあるけれど、こんなにも心配させてしまったのは間違いなく、自分のせいだった。
 「…ごめんな」
 同じように俯いた。深く頭を下げて、起き上がると横山の顔があった。もう怒ってはいない。変わりに随分と、情けない顔をしていた。その顔が、やっと安心したかのようにゆっくりと歪む。最後に一度、深く息を吐いた。
 「ホンマに、勘弁してくれ」
 こんなこと金輪際せんといて、って小さく呟いた。事故ったなんて聞かされて、俺がどんな思いをしたか。こんな思いは二度と御免や。
 その顔が、あんまり情けなくて必死だったので、場も忘れて村上は、思わず笑ってしまった。
 「…笑うなや!」
 顔を赤くして横山がまた怒鳴るけれど、迫力に欠けてそれすらが笑いを誘う。ごめんごめん、と謝りながら止まらない笑いが顔中に広がって、それは随分と幸福な笑い声だと思った。
 「ホンマに、ごめん」
 それから、と続けた。
 「ありがとぉ」
 微笑みかけると今度こそ完全に真っ赤になって、横山が絶句する。そんなに愛されてるなんて、知らんかったよ。
 言うとアホかって返されたけど、否定はされずに。
 ぷい、とそっぽを向きながらついでにように「覚えとけ」ってぼそりと呟いた横山の横顔をきっと、忘れないでおこうと思った。



*****
事故ってもタダでは起きないオタク…。

過去 未来 目次 マイエンピツに追加