a Day in Our Life


2002年06月26日(水) ベイビープリーズゴーホーム。(ごくせん11話感想・沢黒SS)


 その日、いつも通りに帰って来た慎は、いつも通りの慎じゃなかった。


 「なんかあった?」

 ドアを開けて。入ってきた慎を見た瞬間に、おかえりも言わずにそう聞いた。慎はポーカーフェイスなようでその実、表現が豊かだと思う。表情自体はさほど変わらないんだけど、雰囲気が違う。目が違う。そうやって言葉より態度より雄弁に感情を語る。
 「………」
 俺の言葉にチラリとこちらを見たはいいけど、何も言わないままソファに腰を下ろす。落ち着かない様子で、随分と伸びた前髪を乱暴に掻きあげた。大きく息を吐く。
 「……クマの、」
 絞り出た声は随分と憔悴していると思った。無理強いはしないで続きを待つ。
 「クマの親父さんが亡くなったんだ」
 「………」
 クマというのは慎のいまのクラスメイトの名前だったはずだった。確か熊井とかいう、でっぷりしたやつ。あんまり会ったことないから知らないけど、人の良さそうな顔をしていたと思う。そいつの親父さんが亡くなって、だけどなんで慎がそこまで凹むんだろう。どう答えればいいのか分からなくて、沈黙を返してしまった。そんな俺の戸惑いを知ってか知らずか、慎はぽつぽつと言葉を続ける。
 「クマんちはラーメン屋で、あいつと親父さんは会えば喧嘩ばかりしていた。昨日も店の前でバッタリ出くわした親父さんとあいつは言い合いになって、あいつはクソ親父って言った。それが、最後の会話になったんだ」
 淡々と語る慎の言葉が、じわじわと体に入ってくる。ああ、そうか。知らず拳を握った。
 「あいつは後悔してる。親父さんに謝りたいと思ってる。だけど親父さんはもう二度とクマの言葉を聞かないし、クマの言葉は届かない」
 孝行をしたいときに親はなし。そんな言葉が頭をかすめた。
 普段は無口な慎がこんなときだけ饒舌になるのを、不器用だなと思う。不器用な慎は同じくらい不器用だった熊井を扱いかねているのだ。日常に甘えていると、ときにこんな悲劇が起こる。ちょっとした意地やしでかした間違いが取り返しのつかない事態を招く。それは過去に自分も経験したことで。状況は違うけど、後悔をしたときには遅いって、痛感した事実は同じで。
 「…俺、クマになにをしてやれるだろう」
 組んだ両手を額にあてて、俯いたままぽつりと呟いた慎が、まるで祈りを捧げているようで。肩を叩こうとした手をゆっくりと戻した。
 「…俺には、よく分かんないけど」
 慎にとって熊井がどんな存在なのか。熊井にとってなにが最良なのか。
 分からないけど、分かることはあった。
 俺がダメになりかけてたとき、慎とうっちいが救ってくれたこと。
 いま思えばふたりのそんな気持ちが、なによりも嬉しかったこと。
 あのとき全速力で走ってきた慎の姿が、仲間だったやつらに殴りかかったうっちいの顔が、ふたりの手の質感が、俺を変えたんだ。だから、してやれることはきっとある。たぶん。
 「慎がしてやれることをすればいいんだと思うよ。それがなにかは分からないけど、おまえが熊井のために、してやれることはきっとあるし、それをおまえは考えなくちゃいけないんだと思う」
 大丈夫。気持ちは必ず届くし、熊井は戻ってくるはずだ。言うと慎は初めて顔を上げて、少し笑った。
 「おまえのアドバイスは、アドバイスなんだか分からないな」
 「だってしょーがねえじゃん。俺、おまえみたいに頭よくねえし」
 むくれたふりをしながら、それも長くは保たなかった。
 「慎」
 「ん?」
 「…そいつを思う気持ちってのは、届くもんだよ。俺にだって届いた」
 言った台詞を受けて、笑い顔の慎が更に目を細めた。
 「へえ?じゃあ俺の気持ちは、余さずおまえに届いたんだ」
 「もちろん、届いたさ?」
 「じゃあ俺は報われたってことかな」
 「報われまくりだろ」
 「初恋って実るもんなんだな」
 「そりゃあ実ることもあるだろ…え?」
 思わず目を剥いて慎に向き直ると、そこには俺を見返す、笑い顔の慎の顔。初恋…初恋?いつの間にか話が微妙に摩り替わっていた。それじゃあまるで慎が俺のこと好きみたいじゃん。好きみたいじゃん、って。
 ・・・知ってるけど。
 固まったまま考え込んでいた俺は、慎の長い指がゆっくりと伸びてきたことに気付かなかった。あっという間に首の後ろに回った腕に、深く抱き込まれる。後ろ側に回った慎の手が、俺の髪を何度か撫でた。
 「…サンキュ」
 耳元で囁かれた声は、少し掠れていて。
 「………うん」
 俺はひとつ息を吐いて、持ち上げた両腕を慎の背中に回した。そうしてふたり分の腕で抱きしめ合って、ぴったりと密着した空気の中、久し振りに慎の匂いを嗅いだ。慎の匂いの中で、思う。一匹狼な慎がその弱いところを俺に曝け出してくれて嬉しいと思う。熊井を痛ましいと思ってるその気持ちも分かる。だけど、その気持ちが真摯であればあるほど、少し寂しいと思ってしまう俺が確かにいた。こういうのをやきもちっていうんだろうか。女みたいでヤダな、と少し自己嫌悪に陥る。心の中で懺悔をする。
 好きだよ、って言おうとした言葉は飲み込んで。
 ただ慎を抱きしめて、熊井を思った。





■■■これは出来れば絵にしたかった…。

ごくせん11話感想をSSにしてみました。とか言って沢黒じゃん!バカじゃん!とかいうツッコミは不可です。分かってるから。今回、クマを思って少し弱ってた沢田がカワイイなあと思って、そんな沢田が家に帰ったらクロがいるわけだし(決め付け)きっとクマの話をふたりでしたはずだ!と。思って。クロになにかが出来るわけじゃないし、それによってなにかが変わるわけじゃない。それでも少しでも沢田が救われたなら。それがふたりでいる意味じゃないかと思うのね。とか放送を見ながら早々に捏造してたらまんまとヤンクミにそれをやられてしまってギャフンと言わされたわけですが。クッソー慎ちゃん人間味溢れすぎだい!それもこれもやっぱりクロのせいなのよ、とむりやり思い込むことに成功したところで退場。しみじみこれを感想SSと言い切るのはいかがなものか。私よ。

ベイビープリーズゴーホーム、というのはミッシェルさんの歌ですね。
帰るところ。私、「家」って概念が好きみたいです。

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