a Day in Our Life
2002年06月19日(水) |
木更津観光記念・とある日のバーバータブチ。(ユズりんさんに頂きました父子SS) |
「今日さぁ、あの子見かけたよ」
客の髪をシャンプーしながら公助が言った。 「あの子ってだれ?アニ?マスター?モー子?もしくは先生…は、子って感じじゃねぇよな」 俺は公助がカットを失敗した客の髪をなんとかフォローしようとしていた。いつもの事ながらなんでこんなにカットの仕方がヘタなんだよ、ったく。 「あの子だよぉ〜大学にいってる、呉服屋の息子の…」 力の抜けるような公助の声。でも俺は逆に指に力が入った。 「もしかして…バンビ…?」 「そぉ〜そぉ〜!バンビ君ね!今日、本屋の前でバッタリあったんだよ。」 笑顔でシャンプーをしつつ報告を続ける公助。…おい、そこヒゲだろが、シャンプーで洗うなっつーの! 「ふーん…珍しいじゃん、あいつん家こっちの通りじゃないのに」 現在、というか…あの試合以来あまり仲良くはしていなかったバンビの話題にそっけなく返答をしてしまう。声のトーンが変わったせいか、それとも親のなせる技というか…俺の内心に気がついたお節介なチチオヤは、「あのさぁ…」と語り始めようとした。頼む、今は止めてくれ。自分の気持ちをまず整理したいんだ、俺は。誰かにしなさい、だとか指図されたりすんの嫌いなんだよ。 …普通ならもう少しゆとりがあるんだけど、今はそんな余裕はないんだよ。野球の事とか、この店の事とか、…体の事、とか。 「公助。」 今にも口から言葉がこぼれ落ちそうな瞬間に俺は口を挟んだ。 「いつまでシャンプーしてんだよ。」 「え、あれ。もうそんなにしてる?じゃ、洗わなきゃ」 オイオイ、客の頭が泡を泡立て過ぎてサイバハみたいじゃねぇかよ…(笑) ほんと、大丈夫なのかよ、しっかりしてくれよ公助。俺、…もう少ししたら、いなくなっちゃうんだぞ。 自嘲的に鼻で笑う。こんな風に、こんな時になるまでこの家が、この人がこんなにも大事で大切だと知らし目られるなんて。もちろん、俺なりにやってきたつもりだったけど、今になって思う。まだ、まだまだだ。まだやれる事があった筈。 「何、どうかした…?」 手が止まって、俯いた俺を見て心配そうに公助が尋ねてきた。 「別に。」 今の自分を悟られないように、いつものように振る舞う。 「ふーん」 と返事をしながらも何かふに落ちないぞ、という顔をする。 でもそれ以上はなにも聞かない公助。ほっと一安心をしたその時、話はまた元に戻って… 「でね、バンビ君なんだけどさ」 「またその話かよ」 「しちゃまずいわけ?」 「べっつにぃ〜」 「じゃあいいじゃない。そのバンビ君ね、どうやら公平君に会いにきたらしいのね」 は?俺に?ありえないありえない。今はまだ二人きりになって話をするなんてお互い出来る心境じゃないって。 「バンビが、俺に?そう言ったの?」 「あぁ、違う違う。言ったのは写真屋の息子」 はぁ?わけわかんねえ。 「気にしてたよー写真屋の息子も」 「いや、いやいやいや、わけわかんねぇって」 マジ、わけわからん。もう公助から一度話を聞きだして整理した所、話はつまり『本屋でばったりバンビに会ってから家に帰っているとアニにも会い、バンビが俺に会いに来ていたと話していた』つー事らしい。…話はしょり過ぎ、公助…(苦笑)。もう少し、わかるようにいって欲しいもんだ。 「まぁ、話の流れはだいたいわかった。でもあいつが俺に約束もなしに会いにくるなんて珍しいな。」 「だよねー。」 「公助がバンビに会った時はなんも言ってなかったわけ?」 バンビが直接公助に言わないのが妙に気にかかった。いくら今の俺らの関係がいやでも一言くらい言えばいいのに。 …あ、もしかして。 「公平君さー後で電話入れた方がいいんじゃない?せっかく来てもらってたんだし」 「あー…。うん、イヤ、別にいいや」 だって、俺の考えている事があっていれば。アイツが会いに来たのは俺じゃなくて… 「そんな事言って…なにか大切な話だったらどうするのさ」 「あした、会いにいくし」 …これは本当の事。それに。 「たぶん、俺には大した話はないはずだし」 そぉ?と納得がいかない表情をしながらも公助は仕事に戻った。まだ、何かいいたげではあったみたいだけど、あまり話したくないっていう俺の気持ちを察したらしくそれ以上何も言ってこなかった。 それにしたってバンビのヤツ、ヒドイじゃないか。俺をダシに使いやがったな。 俺に会いに来たと言うのはたぶん、いやきっとアニに会いたいが為の口実。最近、ただでさえアニはやたらとバンビと仲直りさせようとお節介しまくりで、バンビバンビってうるさくてムカついているって言うのに。なんだよ。なんだっていうんだよ。 まるでバンビの肩をもっている様に思えてくるんだよ、アニ。むしろ、こっち側にいて欲しいのに。小さい時から遊んだりケンカしたりした仲じゃん。バンビよりながーくてふかーい付き合いじゃん。バンビバンビいうなよ。 あー、なんだこのムカムカっぷり。まるで焼いてるみたいじゃん、俺。…焼いてんのか、俺。 「こ、こーへー君、髪、髪切りすぎ!」 公助の叫ぶ声でハッとする。俺の右手にはカット用のハサミ。足元にはザクザクに切られた髪、もちろん客の。ゲ。マズイ。 公助の声で客が自分の髪の異変に気がついた。ヤバイ、ヤバイぞ。でもなんとか俺は顔色が青くなっている客を言いくるめて(笑)別の髪型にカットする事に成功した。しまったな、大失敗だった。客があの髪型に納得してくれたから良かったものの、危うく店の評判を落とす所だった。ただでさえ公助が一度失敗していたというのに、二度もしくじったりなんかしたら俺的に立ち直れねぇ(苦笑)ったく…なんでこんな事になってんだよ。って、あれか、バンビか、それが発端か!!なんだかなすりつけてる気もするけど始まりはバンビからなんだし!俺をダシに使ったのバンビだし! 「だめだよ〜公平くん…失敗なんかしちゃあ」 「ってゆーか、元は公助の失敗じゃん」 ムカムカで余裕のない俺は公助にすら八つ当たりをする始末。ごめん、今そんなよゆーないっすよ。なんかその場にいたく無くなって店を飛び出した。あー、…何やってんだ俺。ため息をついて空を仰ぐと、「ぶっさん、何やってんの?」と呼ぶ声が聞こえる。声の主は、一軒向こう隣の二階から。思っていた通りの笑顔がみえる。ニヤリ、と俺に笑ってくれている、アニの顔が。 ガチガチに固まっていた心がゆっくりと柔らかくなって行くのが分かる。今、こうしてアニが見ているのは俺で、俺が見ているのはアニなわけで。ちょっと、ロミオとジュリエット見たいで笑える。笑えるっつーか、にやける。嬉しいんだな、きっと俺。バンビもきっとこんな気分なんだろう。家路を遠周りしてまでこの道を通る理由。 …明日バンビに会う予定あるんだけど…やっぱり、もうしばらくは仲直りはできそうにないかな。
アニとのこの空間を取られたくないからね。
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