a Day in Our Life
2002年04月24日(水) |
モリイさんに頂きましたマツツカとごくせんの仲間たち。 |
ざわざわとした教室の空気は嫌いじゃない。
学生じゃなくなってもうずいぶん経つっていうのに、なんだかんだでこういう雰囲気の中にいる日々が続いてる。まあ普段の自分と違う自分になるのがお仕事だし、25歳でガクラン着てた太郎くんとか安藤くんだっている訳だし。もう何種類めだか判らなくなってきた制服と茶色くなった髪を掻き上げて、役のために与えられた、普段は吸わない煙草を指に挟んでおもいきり煙を吐き出した。 「そういえばさ、昨日翔くんがおっかしかったんだよ」 近くの机に座っている松本が、ふいにそんなことを言い出した。一瞬教室が静かになってた時だったから、聞くともなく飛び込んできたその声に振り向いた。松本が話しかけてた相手は成宮で、同じグループって設定だからか、こいつらはわりと仲がいいらしい。 「なに?」 「昨日のウルルン、塚本くんだったじゃん」 突然聞かされた懐かしい名前に、無意識に身体が跳ねた。座ってた机が音を立てなくてよかった。膝がぶつかった前の席のやつに変な顔されたけど、そっちは笑って誤魔化した。 「ああ、見た見た」 成宮が笑って答える。 ああ、そういえばこいつはこの間までのドラマで、あいつの弟だったんだ。桜井と塚本と成宮が出てたあのドラマは、贔屓目を抜きにしても勢いがあって面白かった。金髪で長い髪の塚本は俺が知らない塚本だったけど、ああ元気なんだなあって、ただそう思った。楽しそうだって思った。 2年前の夏を一緒に過ごして1年前の冬に再会して、でも俺達の接点はあの映画しかなかったから、あれからもうずっと会ってない。塚本はあれを経歴のひとつにして新しい仕事をこなしていき、俺はあの映画がひどく大きい経歴みたいに扱われながら仕事をしている。だけど悔しいとか妬ましいとかそういう気持ちは不思議となくて、ただあいつの声や表情や気配を気にする習慣がついてしまっていて、そのくせTVや雑誌を目にするたびに跳ね過ぎる心臓に気分が悪くなったりしている。 この気持ちは飯島が俺の中に置いていった錯覚だと思ったこともあった。殺されるはずだった相手を守って死ねた飯島は、でもどっちにしたってひどく三村に捕われていて、殺されなかった俺の飯島は殺された飯島よりは幸せだったかもしれないけど、苦しかったのはきっと同じだ。七原や杉村に執着する三村を見せられてしまったから。現実に高岡や藤原と話してた塚本にじりじりするような気持ちを感じたことは一度や二度じゃなくて、役に入れ込み過ぎだと自分で呆れたこともあった。 だけど、TVや雑誌でしか見かけない塚本は昔の卒業アルバムの中の彼女と変わらないから、いくら気にしたって現実の俺の手の中には落ちてこない。そうやってゆっくりゆっくり実感を失い始めていた。どんな気持ちにだって終わりは来るはずだから、殺して貰えなかった俺は、このまま死ぬより残酷にあいつを忘れていくんだと思ってた。 なのに、いきなりリアルな塚本の話が、こんなそばで始まるなんて。松本は話す前からくすくすと笑い出してしまっている。成宮は焦れったそうに、でもひどく楽しそうに続きを待っている。 「もうねえ、放送始まる前から『なんかすっげえ重労働だったって言ってた』とかって、塚本くんから話聞いてるくせにすっごい緊張して待ってたしさ」 「翔くん、心配性だなあ」 成宮が苦笑するように口元に手を当てて、それはまるでアニキの友達を笑ってるような顔で。 「ていうか、もう帰って来てるのにね」 「しかも放送前に本人から話聞き出してどうするんだか」 「塚本くんもまた、わざわざ教えてあげるあたりがね」 同じ場所にいるふたりが喋っているのに、その話の中の塚本の輪郭はひどく曖昧だ。俺の知ってるラインにうまく重ならなくて、触れられるグラビアのページよりもどかしい距離感にすこし苛ついて煙草を噛んだ。 「塚本くんがバナナ運んだりロープウェイ引っ張ったりしてるの見ながら、塚本くんがよろけたりするたびに『ああっ!』とかって悲鳴あげてるの」 「テレビ観ながら叫んでも〜」 「うん、それ、みんな突っ込んでたから」 「木更津の時も、バンビ、よくアニがボコられたり触られたりするたびに妙にアクション起こしてて、マスターとかぶっさんに笑われてたよ」 懐かしい物語のように、成宮は自分の中から取り出した塚本や桜井を松本に教える。それは松本の知る桜井のカタチと似ているんだろうか。 「もともとは、そういう人でもないんだけどね〜」 「でも優しいし」 「ていうか翔くん、よっぽど塚本くんのこと好きなんだね」 肩をすくめた松本の仕草に、突然がたがたとふたつの音が重なった。ひとつは俺が立てた音。今度こそ机を鳴らしてしまって、前の席のやつだけじゃなく松本と成宮にまで振り向かれてしまった。だけど他人事みたいに振り向いてるけど、もうひとつの音の犯人はお前のくせに、成宮。 びっくりした目の奥には俺を探るような色。昔の俺を思い出すみたいなその表情に、まったく、どれだけ共演者をたらし込んだら気が済むんだよってひとりごちた。いやでも勝手に落ちてってるのは俺達の方だからあいつのせいでもないか。 うまく薄められない記憶を持て余してると思ってた俺よりももっと濃い色のそれを持つ目に睨まれて、なんだか突然自分の立ち位置を知らされた気分で俺はすこし戸惑った。 「わりぃ、うるさかった?」 ひらひらと手を振ってみせて、ああ、俺はちゃんと笑えてるのか? こんな時に笑えなくて何が俳優だっつうの、がんばれ俺の表情筋。 「いや、別に」 松本はそれ以上追求もせず、ひどく大きい目はあっさりと俺から逸らされた。直後スタッフに声をかけられ、するりと教室を抜け出して行った。緊張感から解放されて溜息を吐きそうになって、けれどまだ成宮の視線が外れていないことに気づいて慌てて飲み込んだ。 「なに?」 「あんた、松沢さん?」 「そう、だけど」 ぶっきらぼうな口調ときつく吊った目が確かにあいつに似ている。本当に弟って言われても違和感がないかもしれない。 「飯島、でしょう?」 返事はしないで、軽く顔を顰めてみせた。 よく御存知ですねとでも言ってやろうか? どうせ塚本のために観たビデオの中で、たまたま俺がずっとそばにいたから覚えてるんだろう。あいつのそばにいる人間が羨ましくて、それで引っ掛かって覚えてるんだろ? 「塚本さんの友達なんだ?」 確かめるように、ゆっくりと口唇に乗せられた問い。 「ただの知り合い。共演者。そんだけ」 肯定する言葉を持たない俺は、いっそひどく自由だ。あいつとの距離感を測りかねて、もっと近付けるんだろうかと足掻いたり、他のやつらとどっちがそばにいるんだろうかってギラギラしてみたり、そういう執着心は気づけばすこしづつ遠くなっている。 目の前でじっと俺を睨んでるこいつは、きっとまだ塚本に捕われたばかり。他の誰かと競うように、あいつの中に入り込みたくてもがいてる。以前の俺もこんなだったのかと思うとひどく笑い出したい気持ちになった。 俺は降りてしまった、乗ることすらままならなかったそのレース、お前は走り切って行けるのか? 不意に苛めてやりたいような気持ちが沸き上がって来て、俺は殺される飯島がするはずだった表情で、とびきり意地悪く笑って言った。
「お前はいったいどっちなの?」
答えを決めるのは、お前じゃないけどね?
■■■傍観者(たち)。
モリイさんに頂いてしまいました、マツツカでごくせんな楽屋SSですー。 モリイさんの書かれるお話は相変わらずモリモリ私のツボをついてくるので、読みながら引き込まれてしまいました。ちょうどヤンチャンを見てきたところだったので、飯三が絡んでたことにもいろいろ、考えることがあったり。私の中のマツレンも、実はこんな感じで。諦める、と簡単に言うほどにはまだ執着に似たようなものは抱えてるだろうけど、それでも明らかに一線は退いてる、そんな感じ。言うなら傍観者、って感じなのですよねー。実はそれは今の私が成宮くんに感じつつあるイメージでもあって。どうもこの人たちは雰囲気や立ち位置が似てる(気がする)。そのへんを本当に上手く表現してはるな、やられちゃったな、と思ったのでした。おさすがです。素敵なお話を本当にありがとうございましたー***
おかげでマツツカはもちろん、ナリツカまで書きたくなってしまって大変(笑)。
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