a Day in Our Life
2002年03月01日(金) |
木更津7話。(純アニ) |
兄貴が俺たちの監督になってから、数日が経った。 あの日のことはいまでもよく思い出せる。いつも通りに練習に出ると、校長と男がふたり立っていた。遠目にも分かる派手な金髪。あんな頭をしてるやつはこの木更津にそうそういない。金髪じゃなくてもきっと分かる、あれは俺の兄貴だった。横にいるのは兄貴の悪友で俺らの先輩にあたる、田渕さんだった。 猫田監督が警察に捕まってしまって、俺ら春の甲子園を抱えてるのに、大丈夫かよなんて思ってた。部員も動揺するし、精神的支柱がいないのは、マズい。それで校長から、田渕さんに白羽の矢が立ったらしい。でも、それじゃなんで兄貴がいるんだ。校長に促されて、田渕さんが一歩前に進み出る。オッス、と元気に挨拶をして、それから口を開いた。 「えー、新しく監督になった、
佐々木です」
「はあ!?」 素っ頓狂な声を出したのは兄貴だった。本人も晴天の霹靂だったらしい。俺も思わず出そうになった声を、慌てて噤んだ。 結局、田渕さんは半ばムリヤリ監督業を兄貴に押し付けて去っていってしまった。残された兄貴がポカンと口を半開きにしてその姿を追っている。とりあえず口を閉じろよ、みっともない。チラチラと見上げていたら、視線に気付いたらしい兄貴が我に返って、俺を睨んだ。それから諦めたような顔になった。
「まあ、、、そんなわけだから」
そして「兄貴」は「監督」になった。
「あれ、監督は?」 グラウンドに出ると、部員は全員集まってるのに、あの派手な金髪が見当たらなかった。家にはいなかったから、来てるもんだと思ってたのに。 「まだ来てないみたい」 何人かに聞いてみても、姿そのものを見たものがいなかった。 「もしかして…」 ピンと来る。また、あいつらのところじゃないだろうな。 「俺、ちょっと探して来るわ。お前らはウォームアップから始めておいて」 早口に言い置いて、もう走り出していた。
町のはずれの廃工場に近づくと、叫び声が聞こえてきた。よくよく聞くとそれは歌声らしかったが、よくよく聞かないと分からないくらいで、むしろ騒音に近かった。田渕さんの声だ。なんかにゃーにゃー言ってる。 入り口から入ったとき、音が止んだ。歌声は話し声に変わる。兄貴の声がした。大勢の中でも分かりやすい、男にしては高い声。いろんな意味で兄貴は目立ちすぎるんだ。隠れるとか出来ないタイプだよ。 「監督、」 止まない話し声の中、躊躇わずに進み出て、背中から声を掛けた。 「練習来ないんスか」 自分でも口がひん曲がってるのがよく分かった。しょうがないじゃん、弟はワガママなんだ。 「おっ、じゃあ行って来るわ」 兄貴が笑う。ああまた、唇が歪む。行って来る、ってなんだ。アンタの家はここなのかよ。それでも田渕さんに声を掛けられて、愛想よく笑った途端に兄貴に肩を抱かれる。オラ行くぞ、なんて。立場逆じゃん。誰が迎えに来たと思ってんの。 工場を出て、ふたり並んで歩き出した。不思議な感じだった。これから行くところは学校のグラウンドで、俺、これから兄貴と野球をするんだ。 「兄貴」 「ん?」 「兄貴さ、俺らの監督やんの嫌なわけ」 嬉しいと思う俺をよそに、兄貴は迷惑がってるんじゃないかって。 「なんで、んなことないよ」 むしろ嬉しいと思ってるんだぜ?お前らには頼りない監督かもしれないけどさー。カラカラと兄貴が笑う。だったら、だったらさ。 「だったら、もっとちゃんとしろよ」 兄貴が笑うのをやめて俺を見た。 「選手と監督って、信頼で成り立ってるんだぜ。監督がこんなフラフラしちゃ、部員に示しがつかねーだろ」 だから、ちゃんとしてよ。ちゃんと俺たちを見て。 「・・・そだな。ウン、今日からちゃんとする」 言った兄貴の声は俺が思うより真剣で、その言葉を嬉しいと思った。
その日から兄貴は、きちんと練習に出るようになった。 監督って仕事にきちんと向き合おうとしてるっていうか。監督、って肩書きを誇りにしようとしているように見えた。 その日は練習試合を控えた日曜日で、ふと気が付くと兄貴の仲間が来ていた。狭いベンチに男4人腰を掛けて、またなんかくだらない計画を立てているらしい。なんとなく嫌な予感がした。 理由を作って、ゆっくりと近づく。仲間の叫び声と、兄貴の落ち着いた声が聞こえる。タイミングを見計らって、後ろから声を掛けた。 「チューッス」 「おう、どした?」 兄貴が立ち上がって走り寄ってきた。チラリとベンチを見遣って、用件を告げる。野球に頭を切り替えたらしい兄貴が、戻ってくる様子に満足した。 ピッチに戻りながら、さっきの兄貴の言葉を頭の中で復唱した。 ”大事な試合なんだよ、やっと信頼されてはじめてきたことだしさあ、やりたいのはやまやまなんだよ” だけど、こっちを選んでくれたんだ。 たったそれだけの言葉が、嬉しかった。
嬉しかったけど、兄貴は考えているらしかった。 ああは言ったけど、本当のところは行きたいんだろうな、というのは目に見えて分かった。それでも監督って仕事との間で、悩んでるんだろう。3日間タップリ考えて、結論を出したらしい兄貴が、ぽつりと言った。
「なあ、純」
練習上がりの帰り道だった。ユニフォーム姿のまま家への道のりをふたりで歩いていた。兄貴が監督になって、行きも帰りも道程は一緒だけど、それでもなんとなく、一緒に帰ることはなかった。今日がはじめてだった。なんとなく、声を掛けることもないまま、並んで歩き出していた。 「俺さ…」 言いたいことは分かってるのに、分からないふりをして次の言葉を待った。俺は優しくない。行って欲しくないと思ってる。 「あの俺…」 兄貴はひどく言いにくそうに、口を開きかけては閉じ、閉じてはまた開きを繰り返していた。そんな様子を横目で見る。言ってやればいいんだ、行けば?って。それが出来ない俺は、一生弟なんだろう。ぎゅ、と唇を一度強く結んだ兄貴が、それから小さく息を吐いた。 「俺…、行ってもいい?」 いつ、ともどこに、ともなんで、とも言わない。ただ今回だけ行かせてくれという。 俺もズルイけど、兄貴だってズルイ。 ほんっとズルイ。 参った。 「今回だけだぜ」 笑って見せると、兄貴の顔がみるみる明るくなった。 「サンキュー恩に着る!もうしねーから!」 「当たり前だよ、2度目はねーよ」 その代わり手繋がせろ、とか思わず言いそうになってとても困った。
■■■監督とエース。
エー。無駄に長くなってしまいましたが、要は「練習試合をブッチしたのは純がしょーがねえな!今回だけだぜ!と許してくれたからなんじゃないかしら!」ということです(笑)。だって、じゃないとあの口うるさいエース君が黙ってなさそうなんだもん!あやしいいきものを隣りにしても平然としてるあたりは、事前に面通ししてるはずだしさ!みたいな(笑)。それにしてもあたしの書く純くんはもう、どんどんおにいちゃんダイスキーになっていくので困ります…どうなのかな、でも純ってキャラクターは結構コドモだと思ってるんですけど、私は。
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