痩せた月が笑う夜 花の色をした猫と出会った
そいつは酷く饒舌で 甲斐甲斐しい恰好をして 言葉巧みに私を誘い 段を登らせ穴を覗かせ 思い切り背を蹴飛ばした
放り込まれた空洞の中 景色は私の眼に追い付けず ただ色として上に流れる 私自身の意識も同じく 後から遅れて着いてくる
「申し訳ない、申し訳ない」
ぼろぼろ涙を流しながら 謝る己の声を聞く 握りしめた携帯は 何処に繋がっているのだろう
手繰り寄せた記憶の先に 見覚えのある名が浮かぶ 文字を表示した画面が 頭の片隅に残っていた
夢を見る時は連絡すると約束したのだ にわかに我を取り戻す
「戻ったら私はきっと 『私は何を言ったのか』と尋ねるから 代わりに覚えていて欲しい」
口に出した端から言葉が剥がれて 他人事のような気になる 声も視界も何もかも 手を伸ばしても届かないほど上空で 浮かれたように漂っていた
この先どこに落ちるのか 落ちたらどうなってしまうのか 恐れない私を私は恐ろしく思った
(後の事は覚えていない ただ唐突に時間が来たことを知った ラッパを吹き鳴らす兎が居らずとも 大人は一人で帰れるものだ
「だから教えて欲しいんだ 『私は何を言ったのか』」
人の言葉を手放して 只管にゃんにゃんと口ずさむ私は 酷く饒舌だったらしい)
********** 桃色の猫と出会った
そいつはひどく饒舌で 甲斐甲斐しい恰好をして 俺を言葉巧みに滑り台の上へ誘うと 思い切り背中を蹴飛ばした
「申し訳ない、申し訳ない」
ぼろぼろ涙を流しながら 謝る己の声を聴く 握りしめた受話器は何処に繋がっているのだろう
手繰り寄せた記憶の先には一人の男の名があった その名前がディスプレイに表示されていたのを 頭のどこかで記憶している
これが夢だと理解したから 「戻ったらすべて忘れてしまう。 お前が代わりに覚えておいて」 そう頼んだら肩の荷はすっかり下りて あとはもう落ちる事だけ考えた
にゃんにゃんと口ずさむ俺はひどく饒舌だったらしい 一人の男の感想だ
|