こいびと

ああ、そうだ。終着駅。
忘れていたのはたぶん、その程度のこと。
果実の腐敗臭のような甘いにおい。
もう、懐古すら抱かない。

暮れの迫る世情は、
此処だけやけにゆっくりと、いっそ停滞するように。
緩慢に、静謐に。穏やかで、
時に、とても激しく脳髄に響く鈍器でつけた傷跡。

惜しむのは痛みを失くすことだった。
それはまるで思い出を捨てるように、
見せてはならない内奥のうちにある
蜜の味をしたためた軌跡を忘却してしまうように、
ぬるく、厳しく、零れ落ちていく。


ああ、そうだ。着地点。
寂しさの根源は、たぶん、そんな瑣細なこと。


最新 履歴 戻る