マニアックな憂鬱〜雌伏篇...ふじぽん

 

 

「全国一斉 IQテスト」に参加しなかった理由 - 2003年11月04日(火)

 昨日、「全国一斉IQテスト」という番組をやっていたらしい。
 古館伊知郎の声で、番組宣伝がかなり頻繁に流れていたこともあって、存在自体は知っていたのだが、僕はその番組に興味が持てなかった。
 「自分のことを知りたい」という欲求はなきにしもあらずだが、30男が自分のIQを知ることに意義を見出すことができなかったので。

 もし仮に、僕がそのテストを受けて、結果が悪かったとしよう。
 それはそれで、たぶんものすごく悔しいと思う。
 自信喪失してしまうかもしれない。

 でも、むしろイヤなのは、点数が良かった場合だ。
 僕は多分、その結果を喜ぶに決まっている。
 「オレは本当は頭がいいんだぞ」って。

 でも、それで何が変わるというのだろうか?
 「オレはこんなに頭がいい」と自慢するくらいにしか役に立たないのではないだろうか?
 子供のIQテストというのは、たぶん、一部の「特殊な人間」をスクリーニングするために使われるのだろう。
 多くの人間にとっては無意味だが、まあ、社会的にみれば、有用な面もあるに違いない。
 でも、大人のIQテストの意味付けは難しい。
「IQが高い」というのは、TOEICのような努力を必要とする要素ではない。
 いい大人なら、「自分には才能がある」「やればできる」なんてずっと口にしながら、結局何もできない人間がたくさんいるということを知っているはずだ。
 「原石」は、どんなにすばらしくても磨かれなければ無価値だ。

 本当は、観ないようにしようと最初から決めていた。
 やれば、それなりの点数を出せる自信はある。
 もちろん、テスト勉強ばっかりしていた頃にはかなわないとしても。
 
 でもね、そこでいい点数をとって、「こんなにIQが高いのに、現実世界で報われない自分」という幻想に溺れるのがイヤだったんだ。
 そうやって、「自分が他人より優れているところ」を再確認して、自分を慰めてしまうのが怖かったんだ。
 そういうのは、「めざまし占いで今日のイチバンだった!」とかいうのより、「実力」なだけに、もっと哀しいことなんじゃないだろうか?

 いやまあ、アクタ共和国の将軍にはなれるかもしれないけどさ。
 「IQなんと1300!」


...




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