「食べられません」に、なんとなく居心地が悪い。 - 2003年07月26日(土) あるアイスクリーム(というか、ハーゲンダッツのクリスピーサンドってやつだ)を食べていたら、その袋に妙に気になる記載があった。 【おいしさを保つため、シート状乾燥剤を封入しております。人体に影響はありませんが、食べられませんのでご注意ください。】 なるほど、食べられないんだな(というか、この白い紙を食べようという人間はほとんどいないだろう)、と思いつつも、どうも僕はこの文面が腑に落ちなかったのだ。 「人体に影響はありませんが、食べられません」 それって、どういうことなんだろう? 僕の揚げ足取りアンテナは、「食べて体に悪いものじゃないのなら、『食べられない」』わけじゃないんじゃないの?」 という方向を指し示した。 確かに、「食べる(口に入れる)」ことは可能だと思う。 たぶん美味しくないし、消化されずにとんでもないことになりそうだが。 よほど細かく切って食べないと、窒息しそうだし。 それはさておき、「れる」「られる」には、「受身」「尊敬」「可能」「自発」という4つの意味合いが含まれている。 では、この「食べられません」の意味は?ということになるが、その場合に、この文章の主語はなんだろうかと考えなければならない。 おそらく(シートは)人体に影響はありませんが…ということだと思う。 そう考えると、シートを尊敬したり、シートが受身になったり、シートが自然に何かの感慨を得たりするのはおかしいので、やっぱり「可能」の「られる」なんだろう。 でもねえ、「可能」の用法であれば、毒じゃなきゃ「食べられる」よ、たぶん。 僕は食べませんけど。 まあ、本当に人体に影響がないとすれば「食べても美味しくないし、栄養にもならないので、食べないでください」(というか、「食べない方がいいですよ」だね)というのが正確な情報だと思うのですが。 それとも「食べる」という言葉の意味は、ただ口に入れるだけじゃなくて、それを消化して栄養にするところまで含まれているということなのかな。 実際「食べられない」とか書かれると、食べてみたくなるような気も、ちょっとだけするんですけどね。 やっぱり言葉って、難しいよなあ。 ...
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