マニアックな憂鬱〜雌伏篇...ふじぽん

 

 

名馬として死ぬことと、名馬なのに処分されること。 - 2003年07月25日(金)

スポーツニッポンにこんな記事が。

【86年のケンタッキーダービー、87年にはブリーダーズCクラシックを制し、95年から日本で種牡馬生活を送っていた米年度代表馬ファーディナンド(父ニジンスキー)が昨秋、日本で不遇の末に死亡していたことが米の競馬雑誌に掲載され、米国内で問題となっていることが24日、分かった。同馬は95年から静内のアロースタッドでけい養されたが産駒成績が上がらず(97年から7年間で出走頭数33頭で勝ち上がり8頭、計12勝)、01年に個人牧場へ移籍。2年間で8頭に種付けしたものの昨年9月に種牡馬登録を抹消し、処分された。】

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 ストレートに言ってしまうと、この「処分」=安楽死(だったかどうかは、当時馬に聞いてみないとわかりませんが)ということです。
 世界的名馬が、極東の競馬後進国で安楽死させられていた!というような論調なんでしょうね、おそらく。
 僕たちのイメージでいえば、オグリキャップがインドに売られて(インドを挙げたのは、あくまでも「競馬後進国」という意味です、念のため)、そこで安楽死させられていた、という感じでしょうか。いや、オグリじゃさすがにアイドルすぎるから、スペシャルウイークくらい?こういうニュアンスの違いは、競馬フリーク以外にはわかってもらえないこと確実だけど。

 競馬の世界では、一昔前までは、「どんな活躍馬も、レース中の事故で死んでしまったり、走れなくなったら馬肉」ということが当然でした。
 そういう、「誰もが知っていたにもかかわらず、公にされることが無かった事実」は、「ハマノパレード事件」によって世間に知られるようになりました。
 宝塚記念などを制した希代の逃げ馬、ハマノパレードは、レース中の怪我で「予後不良」の診断を受け、安楽死処分となりました。
 ある記者がその後を追跡したところ、この名馬の亡骸は、安楽死させられたあと、キロ幾らかの一塊の「さくら肉」として、市場に並べられたのです。
 それは、何もこの馬に限ったことではなく、当時の「常識」でした。
 どうせ死んでしまうんだったら、少しでも金になれば…と馬主が思うのも、必ずしも理不尽とは言い難いでしょうし。
 しかし、この事件に対する競馬ファンの反響は非情に大きなものでした。
 「あれだけ活躍した馬を肉にするなんて残酷だ!」と。
 確かに、僕たちファンにとっては、それは耐え難い「悲劇」 
 人間の都合で走らされた馬たちが、命を落としたからといって(しかも、いままで多額の賞金を馬主にももたらしてきたはずなのに)、そんな扱いを受けるなんて許しがたいことなのです。

 そういったファンの声もあって、いわゆる「名馬」たちは、調教や競馬の際に「予後不良」となって安楽死処分を受けても、食肉にされることは、表向きはなくなりました。手厚く葬られたり、お墓がつくられることも多くなりました。
 日本中央競馬会(JRA)でも、G1を勝ったような功労馬たちについては、もし種牡馬、繁殖牝馬として成功しなくても、「処分」されることなく余生がおくれるように援助するようになったようです。
 
 それにしても、その対象になるのは、ごくごく一部の馬だけなのですが。

 多くの競馬ファンは、ライスシャワーという馬の名前と姿を心にとどめていると思います。小さな体でミホノブルボンをメジロマックイーンを破ったステイヤー。 しかし、この馬の名前が僕たちの記憶に残っているのは、おそらく、彼が生涯3つ目、そして最後のG1である天皇賞・春を制して長いスランプからの復活を遂げた直後に、淀(京都競馬場)の最後の直線の手前でひどい骨折を発症し、還らぬ馬となった、という事実が大きいのではないでしょうか?

 そして、不世出の逃げ馬、サイレンススズカ。
 一番人気に推された天皇賞・秋での突然の失速。
 この名馬も、競走成績からすれば、G1は宝塚記念を勝ったのみ(エルコンドルパサー、グラスワンダーに圧勝した毎日王冠は、インパクトが強かったけど)なのですが、その名と姿は、深く競馬ファンの心に刻まれています。

 僕たちはいつも思うのです。
 もし、ライスシャワーやサイレンススズカの子供がいたら…と。
 しかし、考えてみると、サイレンススズカは、血統的にも種牡馬として成功していた可能性が高いかもしれませんが、長距離でしかG1勝ちがなく、血統的にも父リアルシャダイというヘビー・ステイヤーであったライスシャワーが、種牡馬として成功を収めていた、という想像ができる競馬ファンは、ほとんどいないのではないでしょうか?
 日本の「名馬」で、種牡馬として大成できなかった馬は、たくさんいます(というより、成功した馬のほうがごくひと握り)。
 オグリキャップ、ミスターシービー、スーパークリーク、ミホノブルボン、メジロマックイーン、ビワハヤヒデ、イナリワン…
 まだ現役の種牡馬である馬も含まれていますが、彼らの現在の種付け数と相手の牝馬の質を考えると、大逆転ホームランが出る確率は、非情に低いでしょう。
 おそらく、ライスシャワーも生きていれば、単なるこれらの馬の一員になっていた可能性が高いのです。
 そして、亡くなったときに、新聞の片隅の記事でファンはそれを知る…

 もちろん、ファーディナンドは、病気で亡くなったわけではなくて、経済動物としての価値が無くなったから殺されたのですが、実際、馬一頭の世話をするのには、けっこう多額のお金と人手がかかりますし、「処分」の決断をした個人牧場だって、別に好きで処分したわけではないのだと思います。
 どこか引き取ってくれるところがあれば、処分という結論にはならなかったでしょうし。
 でも、ひょっとしたらアメリカなら、どこかの牧場で面倒みてくれたりしたのかなあ…
 
 しかし、種牡馬として活躍馬も出せずに平穏な一生を送って忘れ去られるのと、血統は残せなくても人々の記憶の中に残り続けるのと、どちらが幸せかと聞かれたら、馬はどう答えるでしょうか?
 それ以前に、走るのもイヤだし、痛いのもイヤ、死ぬのもイヤ、ただ、それだけのことかもしれないけれど。

 同じアメリカの名馬であったサンデーサイレンスの生命のために、人為が尽くされたことを考えると、やっぱり、一抹の寂しさは感じるのですが。


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