蛍桜

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Period

「・・・だから、そのほうが、お互い幸せでしょ?」
君はだらだらと理屈を並べた最後にそう締め括った。
それは、あまりにも一方的な別れ話だった。


[Period]


人ごみの中、向き合って突っ立っている僕たちは、さっきまで繋いでいた手をどちらともなく離していた。
ざわざわとゴミのような人間たちが行きかうの中で、君の話が全て終わったころ
僕はまさにゴミとなって、この中に紛れ込んだ気がした。
僕たちを避けて歩いていく人々に押し流されそうになりながら、
それでもなおここに立ち続けるのは、思ったより難しかった。

君は相も変わらず口が上手くて、僕が反論なんて出来ないほど筋を通った現実を口にする。
僕はそれを聞くたび、ああ、そうだなと実感し、夢を語る自分が恥ずかしくなる。

だから僕は、君の温もりが残るこの手を握り締めながら、君との別れを受け止めるしかないんだ。
君が別れ話を切り出した瞬間に、この答えは用意されていたかのように現れたのだから。

それでも僕は君を幸せにしたかったんだ、と心で叫ぶ。
だけど、それも所詮夢物語なのかな。

「・・・帰ろうか?」
君は沈黙を破って笑顔でそう言うと、すぐに後ろを向いて歩き出してしまった。
僕の返事なんて、きっともう分かっているんだろうね。
僕は君のことは大体分かっているし、君も僕のことは大体分かっているんだろう。
だからお互いに、核心については言葉を交わさない。
君が一度決めたことを曲げないことも分かっているし
僕がそれを受け止めるということも、全ては決められたシナリオに沿って進んでいるようだった。
きっとそのシナリオを書き上げているのは、君なんだろう。

先行く君に何も言えないまま、僕も後を追うようについていくしかなかった。
でも、もう手は繋げない。

夜だというのに、辺りはこんなに明るい。
人の笑い声や、どこからか聞こえる音楽、
たくさんのライトやネオンが渦巻いて、それらは星の変わりに光っていた。
宇宙から見たらこのたくさんの光も、ただのちっぽけな光なんだろう、なんてことを考えながら
星の輝かない空を眺めて歩いた。

君の歩幅は小さいから、すぐに追いついた。
でも隣に並ぶのはなんだか気が引けたから、君の一歩後ろを歩くように歩幅を合わせた。
少し早歩きの君。それに合わせて僕も早歩きになる。

伝えたい想いがあるはずなのに、言葉に出来ない。
男のくせに、涙で視界がぼやける。
この涙は、僕に何かを教えてくれるだろうか。

人ごみから出たところで、君が立ち止まってこちらを見た。

「ねぇ、最後に、手、繋いでもいい?」

そんなこと、聞かないで。

返事をしない僕の顔を見て、君は少し微笑んだ。
そして、つい数十分前と同じように僕の隣に並んで、少し強引に手を繋いだ。
君の手は相変わらず暖かかったし、なんだかとても小さかった。

少し寒い冬の夜。
後方に騒がしさを感じながら、僕たちは少し離れた駅に向かって歩いた。
人ごみの中に居た時は気づかなかったけれど、吐き出した息が、ほんのりと白く色づいていた。
誰かの不快な笑い声も、話し声も、どんどんと遠く闇に埋もれていく。

君はいつでも確かなものを好んだ。完璧を望んだ。
でも僕は、そんな君に確かなものを、あげることは出来なかった。
一緒にいると幸せだった。君も幸せだと言ってくれた。
でも君いわく「幸せっていうのはその場限りの幻」だから
そんなもの確かなものなんかじゃないんだと知っていた。
好きという感情さえ信じていなかった君は、僕に何があると感じていたのだろう。
君のことが好きだという感情以外、僕は、何を誇ればよかった?

手を繋いでも、なんだかよそよそしくて
ああ、僕たちは他人になったのか、と悲しくなった。

何もあげられなくて、ごめん。君の居場所になってあげられなくて、ごめんね。

駅について、君はひとつため息をつくと、ゆっくりと手を離した。
そのため息さえ、白く美しく空気に溶けた。
「ありがとう」
いつものように笑う君の瞳の奥に、涙が溢れていた。
でも、僕は何もしてあげられない。ただ小さく震える君を、見つめるだけだ。
だから見えないふりをする。抱きしめてあげられないこんな僕を、君は許してくれるだろうか。

最後まで笑顔で去っていこうとする君を、追いかけることが出来ない。
あの笑顔が本当じゃないこと、知っていたのに・・・。

君の別れ話は、本当に唐突だった。
君のことだから、僕の事と、これからの二人の未来のことを考えて別れを切り出したんだろうね。
分かっているけど、僕にとっての一番の幸福は、君と笑えることだった。
そのことを、僕はどうやって伝えればよかった?

今ここで、僕が君を引き止めたらどうなるんだろう。
今ここで、君を抱き寄せたらどうなるんだろう。

きっと君はまた困った顔で笑顔を作って、さよならを告げるだろう。
君は弱いくせに、そういった強がりは上手かった。

切符を買って、君は改札口へ急ぐ。
僕はこの場から動けずに、君の後姿を目で追う。
いつも君を見送るこの風景も、さよならを告げているように見えた。

最後に君は一度振り返って、少し恥ずかしそうに手を振りながら
最高の、そして最後の笑顔を見せてくれた。
その姿があまりにも僕の好きな君、そのものだったから、どうしようもなく悔しくなった。
君の姿が見えなくなると、僕はその場でうなだれた。

君に伝えられない言葉や想い。
君が居なくなったあとに次々と溢れ出てくる。

引き止めたかった。
抱きしめたかった。

失いたくなかった、のに。


電車が発車するベルが聞こえて、僕はもう一度目をやる。
すると君がまだそこで笑っているように見えて、なんだか切なくなった。
その幻想を抱きながら、僕は息を殺して、泣いた。

僕の泣き声を掻き消すかのように、ベルがむなしく駅のホームに響く。
君の温もりが残ったこの手を握り締めながら
伝えることが出来なかった言葉をいくつも並べては、吐き出した。
それでももう君には届かない。

君と僕が一緒に生きていく未来が、君の言う「幻」だったとしても
僕は心の中で君との未来を描くよ。
その中ではいつでも君と僕は手を繋いだまま笑っているよ。


月明かりが差し込む道を、僕は君なしで歩いて帰った。
大きな夜空に埋もれている、ちっぽけな星のようだった。



2007.2.20


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あとがき

この小説も、ある曲を参考にして書いたものです。
が、まぁ納得いくものではないなぁ。
でも書いちゃったもんはしょーがないし、これ以上手直ししたら
逆におかしくなっていくので、UPしてみました。
自分の書いた文章を捨てることは出来ないので。
私が作り出した世界は、その時の一度しか作れないものであって
一度捨ててしまったら多分、二度と作れないから。
消そうと思っていたけど消すことはやめました。

やっぱりハッピーエンドにはならないっていうオチで。

いま現在私はすごい落ちています。が、これは落ちる前に書いたもの。
だから今読んでみたら、あの時は何を考えていたんだろう、と
思う表現とかもたくさんあります。あのときの私は、私でも分からない。
それでもこれが私の文章なのだな、と受け止めてみようと思います。
とても無意味な文章たちですが。

眠いのでもういいや。
以上!
2012年11月12日(月)

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