蛍桜

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随筆〜かぅ?

親とちょっとしたこと話して、いろいろ考えた、かな。
私の姉は、今はもう社交的で
いや、昔から随分明るくて社交的で友達作るのうまくって
先輩とも仲良くできるような、そんな人だった。
私はそんな姉の影に隠れてた。

でも中学2年の時、姉はいわゆる不登校をした、のかな。
そんなことなんて随分忘れてたんだけど。
担任が、先生じゃなかったらしい。教師じゃなかったらしい。
人間じゃなかったらしい。だから行かなかった。
それを今日初めて耳にして、そしてちょうど君の日記読んで
あぁ、こんなカンジかとも思った。

とりあえず、何がいいたいのかはよく分からないのだけど。

それで、ね。
私は少なくとも小学校までは学校が好きだった。
いや、好きだったのかは知らない。
自我がまだなかったのかな。すべてが楽しかっただけなのかも。
行くのが当然だっただけかも。それは分からないよ。
でも、ちゃんと行ってたと思う。
小6くらいかな、、、でも行きたくないって
だだこねてた自分の記憶もある。
あまりにも遠い昔のコトで忘れてしまったのだけれど。

中学校は、入学式の次の日にいきなり休んだ。
そしたらクラスに馴染めるはずもなくて、連鎖的に休んだ。
それでも、まだちゃんと行けてたんだ。
出席番号後ろの人と友達になったっておもってた。
毎日手紙の交換して、プリクラも貰って仲良くなって。
笑い合って。友達が出来ることが楽しかった。
ねぇ、でもいつからだろう、彼女が怖くなったのは、ね。

担任はいいヒトだった。いいヒトっていうのかは分からないけど。
姉の中3の時の担任だった。
そう、それはあの姉が中2の時の担任からの引渡しで
ふさわしい人を、とその先生が選ばれた。
その先生のおかげで姉は学校へ
行くことができたのかもしれないとおもう。

母が言うに「その妹がくるから先生がまた選ばれた」と言った。
学校にそんな理屈が通るのかは知らないけれど
なんとなく、そうだったらいいなと思った。
入試の時も、その先生だった。姉がお世話になりました、と
私は挨拶しに行った記憶がある。その返答も覚えている。

一回ケガをしてしまってその理由を話したら
「おネエチャンそっくりだな」って笑ってくれたこと覚えてる。
なんだか嬉しかったよ。


1年次の欠席日数34日



2年は自分なりに充実していると感じた時期があった。
恋も人並みにしたとおもうし(惚れやすいからそれ以上?w)
部活も楽しかった。毎日笑ってた。
学校に通うのが習慣だった。疑問もなかった。
ただ、急に休みたくなるときがあった。
そういう時は母親が仕事に行ってから、家に帰った。
自転車で行ったふりをするために自転車を空き地に置きに行って
倉庫の中に隠れて出かけるのを待った。
こんなことは一年の頃からしてたとおもう。
だからこのときにはもう、出かけるときに倉庫を見られるのが
習慣になっていて毎日隠れ場所をかえたり
倉庫の中の、さらにクローゼットの中とか
家の裏へいく道の間に座り込んだり手を凝らしてた。
そこまでして学校を休む意味があるのかと思うくらい。
2年の時の担任は、スキでも嫌いでもなかった。
ただ教師だった。私にとってはそうだった。それ以上にはならない。
ハゲている先生で、みんなの笑いもので
でも理解力はまあまああって人望もまあまああって
まあ、それなりの教師。
でも、私はあいつを嫌った。人間として嫌った。
もう関りたくないと思った。知らない、って子供みたいに(子供ダケド)
そっぽ向いて、ハゲを見下してた(笑。
2年の時が、私の、唯一の充実した日が送れたときだったように思う。
あの事件が起こるまでは。

私の教師不信はすでにそのころから始まっていた。
でも、面と向かって反抗する気はなかった。
そんなこと馬鹿がすることだと思ってた。
制服改造して?ピアスあけて?化粧してきて?
普通かもしれない。でも、うちは田舎だったし珍しかった。
そういう人たちを非難するつもりなんてなかったけれど
関りたくはなかった。そして肯定するつもりもなかった。

そいつらが怒られてると正直、ざまあみろって思った。
それでも自我(というのだろうか)を突き通すあいつらをみて
いらついた。呆れた。
それが、「自分のできないことをしているヒト」に対しての
嫉妬だったのか、どうなのかは知らないけれど。

まあ、そいつらがどうしたというつもりではなくて
私は表面はまじめだった。
成績はそこそこだったけれど、服装で注意されたことはなかった。
それは別におしゃれに興味がなかっただけであり
ネクタイを短くするのがかわいいとも思わなかったし
スカートを短くして足をさらすつもりはなかったから。
ピアスもあける気はなかったし(今もだけれど)
化粧しなくても、まだ素顔で勝負できた(この言い方はひどいw)

けれど、まあ一番ずるがしこいというのか分からない。
私自身がしていたことだから、客観的に見れないし。
表面はそうやってまじめを気取っていても
人並みに校則を破ってみたくなるもので(笑
ちっぽけなことだけど、ゲームを持っていったり
ノートパソコンを持っていったり(ちっぽけ!?w)
MDも、携帯も、おかしも(笑
かわいらしいことはいくつかしてて。

私は部室が好きだった。部室だと気分が和らいだ。
楽しかった。大好きだった。あの空間が。
だからかなぁ、油断しちゃう。
初めはカギをしめてやってた。だけど、カギを閉めてると
教師が来た時に不審がられる、というか
「なんでかけてるんだ」って言われたことがあったから
かけなくなった。それでも好き勝手やってた。
椅子なげたり、はさみ持ち出して・・・(マテ
部室にはテレビもビデオもあったから、テレビみたり
勝手にビデオ録って帰ったりとか
カメラもあって勝手に撮影して遊んでたりとか(笑
(盗み撮りとか言われたことあったなぁw)
まあ、いろいろやってて
UNOとか(カードゲーム?w)普通にやってて、タイミング悪く
ちょうどそのときに教師が来て、没収されたりして。。。
あとは全校放送でさけんじゃったり・・・(汗
持ち物検査の時、うちの部室だけは入れたから
(朝仕事が毎日あったので)
よくもの隠したりして(何気にばれてたし)
バレンタインは普通に部室でクッキー食べたり
夏休みの間に打ち上げやったこともあった。
何回もばれかけて、そういうことが積み重なって
うちの部活は多分「要注意」っていうランクに入っていたと思う。
顧問がまた適当なやつだったから、好きに出来たし。
(そいつは足怪我して3年の時にはいなかったけど(。・m・)クスクス)
(↑決して私がしたわけではありませんw)
そう、それでね。
あの事件が起こったんだね。

私が、学校休んでた日。どうしてか行きたくなった。
それまでも度々休んでたと思うし
多分、虫の知らせとかそういうんじゃ全然ないんだけど。

4時くらい、もっと前かな。夕方だった。
電話がかかってきた。後輩からだった。
あわてた様子で、あせった様子で。
別に誰かが死んだとかそういうわけじゃなかったんだけど
聞いているこっちまで、何かがあったって察することが出来るくらい。
あんまり深く話したくはないんだけど(じゃあ書くなよw)
うん、まあ、その後、先生から電話があった。
後輩の電話はそのことの前触れだったんだろうね。
「先生から電話いくかもしれない」、そういうことだった。
先生はうちへ来た。ハゲの先生。つまり担任なんだけど。
私はその場で泣きそうになったなぁ。
「なりゆきで」「うけがよかったから・・・」
そんなことばっかり口にしてた。
本当に子供だったと思う。でも自分を正当化したかったから
自分が負になる言葉は言えなかった。
「リクエストされたから・・・」
わけのわかんない理由も述べてたとおもう。
誰かに押し付けるようなそんな言葉。
でもね、実際、私のせいでけが人が出たんだって。
私のせいでっていうのかな・・・。
これって責任逃れに聞こえるかなw
まあ、根本的な理由は私だ。
でも、私が休んでいる間に起こったことなんだから
あんまり関係ないし、責められることはないと思ってた。
それにその「ケガをした人」もちゃんと知ってた。よね?
ねぇ、あれは「冗談」で、ただのじゃれあいで
二人して笑ってたよね。楽しんでたよね・・・。
この時点で間違ってたらもう終わりなんだけど、、、
そのケガをしたいきさつも、「本気で」じゃなくて
「冗談」だったんだよね、いなかったからシラナイケド。
ガラスを割ったんだって。
それで怪我したんだって。
その割った理由は私の・・・・・・


ハゲがうちに来た日はちょうど家庭教師がある日だった。
家庭教師は7時からで6時40分にはカテキョが来て
だから、逃れることができた。半泣きだった私がそこにいた。
カテキョに「いじめられたの?」って聞かれた。
担任がわざわざ家に来るのがよほどだって知ってたんだね。
私は笑って答えたの。「いじめたの」。




今も分からない。
あれは二人で遊んでただけじゃなかったの?
でもハゲは言いたそうだった。
その言葉を。。。

話が前後するけど、高校に入ってから友達が言ってくれた。
「教師はなんでも問題にしようとする」
「教師は小さいことを大きくしすぎる」

ね、あのクラスにどれだけのうわさが広まっただろうね。
1年の時、友達になったとおもってた
でもいつのまにか怖くなった「出席番号後ろの子」が
余計に怖くなった。だってあの子ヒトを馬鹿にするのがすきだもん。
うわさを広めるのが大好きなんだもん、ね。
偶然なのは必然なのか、いたずらなのか
その子とは三年間同じクラスだったね。。。

次の日、学校に行って、学年団長に呼び出された。
だいっきらいだった。
私が卒業と同時に定年になったからこのときは59歳だったんだね。
だいっきらいだった。

放課後に職員室に行って、相手は座ってた。私は立ってた。
自然と見下す姿になった。
これじゃいけないって少ししゃがんだけれど
到底私のほうが上だった。中途半端な姿勢で辛かった。
「先輩が、やめろっていったって言ってたけど
それを聞いてどうしてやめなかったの?」
何、それ。。。そんなこと聞いてないよ。
はっきりいってやられたーってカンジだったね。
やめろなんて言葉一言も聞いてない。
むしろあんたらも一緒に笑ってたじゃない。
裏切り?そんなんじゃなかったね。
3人先輩がいて、その中の一人と私は結構仲が悪かったっぽい。
っぽいというのも、微妙なんだけれど。
にらみ合いはしてた記憶がある。
後輩いわく、怖かったらしい(笑
学年団長が言ういわく
「先輩はちゃんと考えて世話をやいてくれるのに
あんたらは何やってるの」、と。
先輩・・・点数稼ぎすぎだよ、うますぎだよ。尊敬したよ。
先輩にやっちゃいけないって言われたでしょって
子供みたいに説教をいれられてる間、私は言った。
「そんなこと聞いた覚えがありません」。
ちゃんと本当のこと言った。そしたら
「あんたが聞こうとしてないからでしょ!!」怒られたよ。
所詮私は信じてもらえないんだ。
その言葉を発せられてから私は団長の目をじっと見てた。
これが嘘ついてる目に見える?
ねぇ、そんなの伝わるはずもないのね・・・。
団長の目は色彩が薄くて茶色っぽかった。

団長に頼まれたのか、顧問に頼まれたのか
私の誕生日に、集会?があった。
先輩が開いた。集まれよって。
12月20日。昔の日記に書いたかしら?
よく覚えていないけれど。
中1、中2、中3、高1、全部嫌な誕生日だったなぁって。
そういうことはどこかに書いた記憶がある。
その集会、というか私を追いつめる会があって。
引退した先輩2人と、部員とで話し合った。
先輩は終始、私をにらみ、私を罠にひっかけようとした。
先輩はいらついた様子で、小さな声で
「殴っていい?」「殺したい」って言ってた。
私はいいたいことがたくさんあった。でも言えなかった。
言えば全部、悪い方向へ持っていかれるのを知ってた。
「どうなの?」って言われてもどうなのか分からないし
罪悪感は感じていた。でも、完璧に悪いとは思ってなかった。
こんなに、大袈裟にすることじゃないと思ってた。
それはきっと、部員のみんなもそうだったんじゃないかと思った。
いつもはみんなで笑って終わらしてた。
でもガラスを割ったことで、教師に知れ渡り
追いつめられた。広められた。
結果、先輩との対決が始まったんだ。
私が何かいいわけをするたび、というよりは本当のことを
自分では述べているつもりだったんだけれど
「聞いた話をちがうんだけど?」

ねぇ
聞いてたんだったらさっさとそれいえや、ごるぁぁぁぁ。
あんたらの中に私が「悪い」という結果が出ているなら
これ以上みんなで話す必要もないでしょ。
私だけ責めればいいでしょう。
それとも恥をさらしたかったわけ?
皆の前で土下座して謝れっていいたかったわけ?
最後の後輩の一言も効いたな。。。
それに便乗する先輩もむかついたけど。
ね、私もう先輩なんて呼んだことなかった。
ずっと友達と話すとき「あいつ」とかって言ってた。
認めてないから、よろしく。
その集会?会議?ミーティング?わかんないけど
それが終わって、今回の「被害者」となっている人と私は
いつもどおりはなせた。いつもどおり馬鹿いえた。
これを見てもあんたたちは私が悪かったというの。
・・・相手の気持ちなんて分からないからなんともいえないけど。
少なくとも、私はあの一時が楽しかったのになぁ。
やっぱ私が悪かったのかな。

あの事件さえなかったらずっと笑えると思ってたのに。
ばかみたいにまた、みんなではしゃげると思ってたのに。
私の思い違いだったのでしょうか。





二年次の欠席日数12日
インフルエンザと嘘をつき2週間
ウイルス性胃腸炎で2週間

実際もっと休んだ気がする





3年は、あまり記憶がない。
プリントばっかりの毎日で、授業も暇で、詩ばっかり書いてたと思う。
一日に8個とか、本当に綴りたいことがいっぱいあったのか
ただ無理やり言葉を搾り出したかったのか分からない。
どこかで何かを変えたいと思ってた。はずだった。
でも結局は変われなかった。
「人間嫌い」「教師不信」の私がとる行動はありえなかった。
ね、3年になって、ちゃんと「あなた」と出逢ったね。
初めは怖かった。嫌われてるんじゃないかって。
昔のことがあったからね。
そう、中1の時のあれがあってから、怖かった。
でもきっとあなたのことだから
「関係ない」って思ってくれてたのかなって
話しかけてきてくれてびっくりしたけど、嬉しかったと思う。
あの頃の気持ちいまだに理解できないんだけど。
受験生っていう自覚はなかった。やりたいことばっかやってた。
高校落ちてもいいやっておもってた。
本命以外は受かった状態で余裕あったのかもしれない。
「落ちるかもしれない」って言われてた。
だけど敢えて勉強しようともおもわなかった。
本当、どうでもよかった。
それほど嫌なことがあったわけでもないんだけれど
自殺とかも結構考えた。したい、じゃなくて、そのことについて。
ほんと、いっぱいのこと詰め込んでた気がする。
でも自分を見つけられたのもこの時期だったかな。
3年の担任は嫌いじゃなかった。怖かったけど。
なんていうんだろう。あんまり関りもってこなかったから。
好きだったんだろうと思う。そういうところ。
高1の時の担任と友達だって聞いたときは
おもしろいなァって思ったの覚えてるw
意外なつながりがまわりであるから。
3年で覚えていることといえば、あんまりなくって。
面接練習とか、あとは海へいったこととか。
そうだね、学校には関係ないんだけど一番心に残ってるのは
やっぱり彼氏のことだったかな、って。
唯一の動いた出来事だったかなっておもう。
思い返せばたくさんあるんだろうけど、あまり思い出したくない。
充実していた日々とはいえないし。
何か事件があったわけでもなくて、ただそれなりに過ぎてく。
本当に一時間一時間が意味なかった。
一分一分をスキになれなかった。何もかもあわせても。



3年次欠席日数13日
受験のためにがんばって登校





高校になってからはまだ一年半だけれど
また、綴るとおもう。




ねぇ結局何がいいたかったのかって。
分かんなくなっちゃった。
過去を綴りたかっただけじゃないはずなのに。

何か言ってあげたかったはずなのに。























今、学校にいけてない私を
私が客観的に見て
私が嘆く

「なんでこんなことをしてるんだろう」
虚しくて泣きたくて

今日学校行ったとき
泣かないように髪の毛をぎゅと団子にして結んだ
うろちょろしながら
いろんな本を少し読みながら
それでもただなんとなくたそがれが襲ってきて




まだ、がんばれるはずなのにがんばってない
そう思って


何笑ってるんだろう、私
何がしたいんだろう

今の担任はいい人だと思うよ
好きだよ
だから余計に罪悪感なのかな
わかんない

時々あたまをくしゃっとしてくれるしぐさがたまらなく嬉しい
やっぱり教師ってすごいんだって思える

教師不信の言葉じゃないねw



もっともっと
綴りたい
でも機会がないというか
綴ってる最中にいろんなことがまじってきて
私の場合、オンラインゲームやりながらだから
書きたいこと忘れちゃって
今日もそんなのだった

ちゃんと綴れるのはいつだろう

ちゃんと伝えたいこと伝えれるようになるのはいつかな


2004.2.10  22:54
2004年02月07日(土)

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