思うこと
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2002年03月11日(月) |
自爆テロという名で報道される特攻行為 |
最近、新聞では、パレスチナ過激派の自爆テロ事件と、それに対するイスラエル軍の報復攻撃の記事が載らない日はない。
あなたがパレスチナ人に生まれていたら、とか、ユダヤ人に生まれていたら、とか考えてみたことはあるだろうか?
もし俺がパレスチナ人に生まれていたら、ひょっとしたら、爆弾を体にくくりつけて自爆テロを行なっていたかもしれない。
いや、俺がパレスチナ人だったら、そうした行為を「自爆テロ」とは呼ばない。「特攻」と言うだろう。 何故なら「民族の生存」が掛かっているからだ。 過激といわれるかもしれないが、そのくらい、過激なことをしなければどうしようもないくらい、彼等は抑圧されてると思う。
俺は理想主義者じゃないので、「一個人の命」と「民族の命」を天秤に掛けたら、「民族の命」の方が重いと考える。自分という一個人の死が、自民族の窮地を救う手段になりうるのなら、自分一個人の死は無駄ではないと思う。
もし俺がユダヤ人に生まれていたら、やっぱり、民族の生存の為に、イスラエル領土を守るために、自爆テロを行なうパレスチナ人を、命令に従って射殺するだろう。しかし、パレスチナ自治区に対して侵攻する命令を下されたとしたら、その任務は拒否しようとするだろう。それは「民族の生存」に不可欠なものではなく、侵攻自体、侵略だと思うからだ。
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