蜜白玉のひとりごと
もくじかこみらい


2007年09月19日(水) ただじっと/『トリエステの坂道』

我が家の引越準備と父の病院通いに忙しく、気持ちも波立っている合間を縫って、時々『トリエステの坂道』をひらく。もう何度も読んでいるこのエッセイ集は全体にうっすらと喪失の気配をまとっている。喪失からくる絶望、悲しみ、あきらめ、そして時間の経過にともなう受容。ここへ来てやっと、今になってやっと。夫ペッピーノを亡くしてのち、須賀さんが夫との思い出を胸にひとりでじっと耐えて生きてきたことがよく伝わってくる。

往復の特急電車では疲れきって本を読む気も起こらず、ほとんどの時間は何をするでもなく窓の方を向いている。思考が行き詰って、誰かの話を聞きたくなった時、そっとひらいて少しだけ読む。『トリエステの坂道』はボロボロの私を逆なですることもなく、励ますでもなく、ただじっとそばにいる。見たこともないイタリアの街を人や思いが小さくさざめく。本は静かだ。自分の助けになる本に既に出会えていたことは本当に幸運だと、今さらながらつくづくそう思う。


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