蜜白玉のひとりごと
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新宿ABCのあとにはブックファーストが入った。8月1日OPEN、ものすごい早業。仕事帰り、偵察に行く。店の様子はABCの頃とほとんど変わっていない。什器もそのまま、本の配置もレジの位置もそのまま。見ていて痛々しかった。ぼんやりしていたらお店が入れ替わったのに気がつかないかもしれないくらいに、とにかくABCの面影そのままだったから。
ブックファーストにさして思い入れはないけれど、大きな書店なのだからそれなりに本はそろえてくれることを期待する。とりあえず、お近づきのしるしに1冊買った。石田千『月と菓子パン』。クウネル最新号で紹介されている。
昨日から、小池昌代『木を取る人』を読んでいる。詩人である彼女の初の中編小説である。詩を書く人が小説を書くと、どうなるのだろう。
私は彼女の詩における言葉の選び方がとても好きだ。何より素直で無理がない。それでいてこっくりと味わい深い。実のぎっしり詰まった果実のようでもある。詩は繰り返し読めば読むほど体に沁みてくる。あるときはこちらの心の内をぴったりと言い当てられて、どきっとする。自分でさえ、ぼんやりとしていてとらえ難いこの気持ちを、どうして他人に分かられてしまうのか。
勝手な推測だが、私と小池さんは物の感じ方とかそういうもののどこかしらが似ていると思う。それほどに、そうそう、そうなのよ!と強くうなずきたくなることが、読んでいてたびたびある。
今あるこの感覚にぴったりの正しい言葉を選び出す。そのことに関して、彼女はとても優れていると思う。
夫と義父とわたしの生活を描いた『木を取る人』には、そこここに小池さんの姿が見える。先日の資生堂WORDで話していた彼女と、話の世界にいる「わたし」が重なる。そしていつしか「わたし」は私にも重なる。
詩で鍛えられた言葉を選び取る力は、小説にもしっかり生きているようだ。これからの小説も楽しみだ。『木を取る人』は「群像」4月号に収められている。
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