蜜白玉のひとりごと
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| 2004年07月07日(水) |
たっぷり2編/『思いわずらうことなく愉しく生きよ』『神様のボート』 |
7月7日、晴れた夜空、数を増やす星。今夜、かなえたい願いは、たったひとつ。
ドリカムの七夕の歌の一節(うろ覚えなのでちょっと間違っているかもしれない)。この歌の、こういう片思いの痛いようなドキドキを感じることは、今はもうない。たぶん、中学か高校の頃に、どこかに置いてきてしまった。そのかわりに今あるのは、とても現実的な日常と、ふと気がつくとそこにある穏やかな安心。日々雑事に追われているのだけれど、でも、それでも楽しい毎日。特に夕方、仕事が終わって、家に帰るときの開放感がいい。あとは休日。これは文句なしに楽しい。たとえ一日中、家の掃除に明け暮れたとしても。
江國香織を立て続けに2冊読む。『思いわずらうことなく愉しく生きよ』と、それから『神様のボート』。
『思いわずらうことなく愉しく生きよ』は発売されて2、3日してから買った。前にも書いたけれど、江國香織の作品は私の課題図書みたいなものだから、おもしろいおもしろくないに関わらず、今回も最後まできっちり読む。そう決めて読み始めた。
麻子、治子、育子の三姉妹の織りなす物語。あらすじは出版社や書店のHPに任せるとして、やっぱり江國香織は姉妹を書くのがうまい。『流しのしたの骨』のそよちゃん、しま子ちゃん、こと子ちゃんに通じるものが感じられて少しうれしい。
それにしてもドメスティック・バイオレンスの心理描写は恐かった。心底おびえて息をひそめて読んでしまう。抑えられない衝動というのはああいうものなのか。人間の恐ろしさを見た気分だ。
つづけて『神様のボート』。この頃のあまりの暑さでこの本を思い出した。白と黄色と水色の涼しげな装丁のせいか、物語の冒頭のイメージのせいか。葉子と草子、旅がらすな母娘の物語。もう何度も再読している。再読回数は『流しのしたの骨』の次に多いはずだ。新しい土地に、人に、慣れるけれど決してなじまない葉子の孤独が話のあちらこちらに見え隠れする。それから成長するにつれてだんだんと現実的になっていく草子の言葉も印象的だ。ごめんね、ずっとママの世界に住んでいられなくて。
ママの世界。物語の最後で、葉子は自分の作り出した世界に溶けてなくなってしまうかのようだ。何度読んでも、結末がどうなったのかはよくわからない。そして、自分がそれについて、よくわからないという感想を持ったことすら、直前まで忘れている。
過ぎたことはみんな箱の中。ときどきふたを開けて風を通す。しげしげと中身を見るのにはある程度の勇気がいる。
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