蜜白玉のひとりごと
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保坂和志『プレーンソング』(中公文庫)を読んでいたら、ビデオカメラが欲しくなった。
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ちょっと覚え書き。こまかいことはのちほど。
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さて、ビデオカメラが欲しいと思ったわけについて。でもその前に、保坂和志のことから。
保坂和志の小説を読むのは今回が初めてだ。「保坂和志」という名前は本屋で何度も見かけていたし、彼が猫の話(正確には、人間のほかに猫も出てくる話)を書いていることも知っていた。平積みにされている文庫を何度となく手に取ったのに、どういうわけだかいつもそれを買うまでには至らず、これまで一度も読むことはなかった。
11月下旬、江國香織『号泣する準備はできていた』、川上弘美『ニシノユキヒコの恋と冒険』と、次々に待望の新刊が出た。私は発売日よりも前から、いつ出るかいつ出るか、とほとんど毎日本屋に通った。そうしているうちに、新刊コーナーにあった保坂和志の『書きあぐねている人のための小説入門』という本がとても気になりだした。
あの、猫の話を書いている人の文章教室。本を手に取りぱらぱらとめくって、もくじにざっと目を通す。これはかなりおもしろいかもしれない。何しろ「書きあぐねている」だ。今までそんなタイトルの文章教室はなかった(はずだ)。かなりの確信を持ってそう思ったものの、その時は買わなかった(彼の本には、今すぐに買わなくてもいいだろう、と思わせる何かがある)。
気になりはじめて1週間くらいたった頃、やっと買った。それもルミネ商品券を使って。
『書きあぐねている人のための小説入門』には、どうやって小説を書くのかという具体的なテクニックみたいなものは一切書いてない。せいぜい「ワープロより手書きがいいでしょう」とか、「一度だけ使える小説のすごい終わり方」とか、そのくらいだ。この本を教科書や参考書のように横に置いてがんばっても、小説はたぶん書けない。
この本ははじめから終わりまでほとんど、「小説」という芸術(表現)をどのようにとらえるか、という哲学のような話が続く。ただそれだけだ。でもそれが、小説を書く人にとってはテクニックよりももっと大事なことなのだ、と著者は繰り返し言っている。
私は今まで、「書きあぐねる」どころか、小説と呼ばれるものは一度も書いたことがない。書いてみたいなあ、というぼんやりとした憧れのようなものはあることにはある(つい、こういう本を手に取ってしまったりするのもそのせいだろう)。私のような、「小説を書く」という運動をしたことがない人が読んでも、それでもこの本はとてもおもしろい。小説を読むことが好きな人、小説を読むことが日常化している人は、読んでみてほしい。今までとは違う角度から小説を見られるかもしれないし、小説との新しい付き合いがはじまるかもしれない。
話のあちらこちらで感銘を受けつつ『書きあぐねている・・・』を読み終わり、次に向かうのはどう考えても「保坂和志の小説」だ。小説についてあそこまで強い調子でものを言っていた、その人が書いた小説とはどのようなものだろうか。
1990年のデビュー作『プレーンソング』を今度はちゃんと(?)現金で買って読む。読みはじめは『書きあぐねている・・・』との答え合わせのような読み方しかできなかった。どうしても直前に読んだものに引っぱられてしまう。それでも、話が進んでいくうちにそのことは気にならなくなり、たいした事件も起こらない淡々とした日常に気持ちが吸い込まれていく。
私はそこでまんまと罠にはまったのだ。「たいした事件も起こらない淡々とした日常」こそ、私がいちばん好きな話で、保坂和志はまどろっこしい文体ながらも誠実に日常を切り取っている。保坂和志はそんな話の中に、日頃からカメラを持ち歩いて写真を撮る男の子と、同様にビデオカメラを持ち歩く男の子を登場させて、さらに彼らに日常を切り取らせている。
ビデオを撮っている(彼に言わせれば、映画を撮っている)男の子の視点がとてもとてもおもしろく、うっかり罠にはまった私は、自分も同じようにしてビデオを撮ったら楽しいだろうなあ、といとも簡単に思ってしまった。
ビデオカメラが欲しい、と思ったのは、そういうわけなのだ。
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