49 法に勝る慣習 |
名古屋では車を運転していて車線変更をする時、ウィンカーを出さないらしい。ウィンカーを出さないでさっさっと車線変更をしてしまうんだって。危ない・・・。でも逆に丁寧にウィンカーを出すといじわるされて入れてもらえないらしい。東京では逆だ。 大阪では歩行者にとって信号は意味をなしていない。青が点滅していることに意味はない。赤だろうが車が来ていなければ問題なく横断歩道を渡る。東京でもそれなりに同じ傾向は見られるが、大阪ほど決定的ではない。エスカレーターでは大阪は右で並び、左を急いでいる人ように空ける。東京と逆だ。 そこで思ったんだけど、エスカレーターは別として、車線変更や信号について、地域であろうが違反は違反だ。法に反している。でも、法に従っていたのではその地域では置いてけぼりをくらってしまう。法の意味は、秩序を守ることだ。そうであるならば、慣習として秩序が守られているのなら、法が立ち入る隙はないのではないか?ウィンカーを出さなかろうが、信号を無視しようが、それが危ない!と思うのは我々東京人の考えであって、よその人間からすれば、東京ってとろくさくて逆にあぶないと思うかもしれない。まぁだからといってそんな地方の慣習を許してしまったら、日本という国においての秩序が乱れてしまう恐れはあるだろうから、簡単に慣習を優先はできないけど。 法がすべてではないということだ。
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2003年06月22日(日)
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