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うつくしい、散文詩のような映画でした。
ストーリーが、あるにはある。けど、どこか神話めいた非現実感。くどくどと説明しない。わざとらしく感動を煽らない。なのに巧妙に記憶の淵に入り込む。全てが象徴。全ては象徴。ひとつひとつのシーンはそこだけを取り出しても絵画のように美しく、流れているのに、進んでいるのに、静謐。
罪を犯してしまった女教師と彼女の通訳を担当した年若い警官の逃避行なんだけれども、生々しさは全然ありません。オープニングにしろ、断続的に挿入される上方(=天)からの俯瞰ショットにしろ、そしてラストシーンに至るまで、どこまでも詩的で象徴的。究極の愛を描いているのにエロティックなムードは皆無、罪深い物語なのに後半に行くにつれて澄み渡るという、この美しき矛盾。人を殺め、家族を犠牲にし、友人を巻き込み、堕ちるほどあべこべに二人は浄化されてゆくのです。彼等は名前も似ていて、誕生日も同じで、真っ白なTシャツを着て、だんだん見た目も似てきて、そうして、清らかな諦観で最期を見定めている。
主演の二人は好演でした。イタリア語駆使して大健闘。ケイト・ブランシェットが芸達者なのは今更言うまでもないとして、ジョヴァンニ・リビシの無垢な雰囲気が素晴らしかった。少年のようなあどけなさを残しつつ意志のある眼差しなんだよね。彼が恋に落ちるシーンが特にお気に入りだなあ。台詞もほとんどないのに、こう、すごく訴えるものがあった。
ちょっと背景的なことを補足しておくと、この映画は「トリコロール」三部作のクシシュトフ・キェシロフスキ監督が残した遺稿脚本を「ラン・ローラ・ラン」のトム・ティクヴァが撮影したもので、製作には私と気の合う「イングリッシュ・ペイシェント」のアンソニー・ミンゲラも加わってます。→先日も申しましたように数ヶ月前既に予告編の段階で一目惚れして以来待ち焦がれていた一作だったわけで、実際、大変に私好みな仕上がりでありました。でも冷静に考えるとこれは単に個人的期待によるハイテンション状態が半ば無意識的に作り上げた満足感にすぎないのかもしれず、何しろわたくしときたら冒頭数分、オープニングが終わり素朴なピアノソロに重ねて「HEAVEN」とタイトルが出た時点で以後展開されるであろう切なさを勝手に予期して胸がいっぱいになってしまうほどの興奮ぶり。一方そんな私に無理矢理付き合わされた同行の友人はラストシーンまできちんと見ても不完全燃焼だったらしく「はぁ?まだ話途中じゃん!結局どうなったの」などと言っていて、ああ何の予備知識も思い入れもなく普通に見た人の感想は意外とこんなもんかもしれないなあ、と、思わないでもないです。
(↓以下内容に触れてますので反転表示) ひとつだけ少々残念だったのは、右上に載せた屋根裏でのキスシーンが出てこなかったこと。ええ、出てこないんですよ、堂々と→公式サイトのトップページまで飾ってるくせに(笑)。いや、敢えてカットした監督の判断に文句をつけたいわけではなくて、これ原作の脚本では大変印象深いシーンなので是非とも二人の演技が見てみたかったなあ、と。写真があるってことは撮ったことは撮ったんだよね? DVD化する時にでも削除シーンとしてオマケでつけてくれないかなー。切に希望。
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ところで原作の脚本は翻訳されて本になってます。 ←これ〔→bk1〕。この映画版の脚本ではなくてキェシロフスキの残した遺稿の方の日本語訳なので、映画と本とを比較するとトム・ティクヴァ監督が何を付け加えてどこを省いたかがよく分かり非常に興味深い。結構大胆なんだなこれが。 それ以外にも、訳者によるこの作品の詳細な解説(「ヘヴン」はダンテの「神曲」に倣った三部作の一部の予定だったらしい)とか、キェシロフスキ監督が亡くなるわずか4日前に行われていた幻のインタビュー(何とインタビュアーは地元高校生!)とか載っていて盛りだくさんな内容です。
しかし私ってば本まで買っちゃってこの執着っぷりはどうよ。キェシロフスキ監督のことなんて全然知らないし(「トリコロール」見たかどうかすら覚えてないよ)、「ラン・ローラ・ラン」は見てないし、主演の二人も上手いとは思うけど特別好きってわけじゃない。つまり純粋に内容に惹かれているということで、これって普段あの人カッコイー!この人素敵ー!とかそういう基準でハリウッド映画を貪ってる私にしては実に珍しい現象です。そもそも映画を観る前からストーリーと雰囲気に酔わされてしまったという我ながら奇妙な入れ込み方なんだけどね。こういう哀しくて美しい、甘美な絶望に満たされた彼岸系のお話は激しくツボ。大好きです。
****** ヘヴン 【HEAVEN】
2001年 アメリカ・ドイツ・イギリス・フランス / 日本公開:2003年 監督:トム・ティクヴァ 出演:ケイト・ブランシェット、ジョヴァンニ・リビシ (劇場鑑賞)
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