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■ 東西ネタ『AM8:00』
「遅刻遅刻ー!」 後ろから大声で叫びながら走ってくる気配を感じ、東峰はそろりと振り向いた。想像していた通りの相手が猛ダッシュで近付き、器用に自分の隣で足を止める。 「旭さん、おはようございます!」 「あ、うん、おはよう西谷…」 「ここまで来ればひとまず安心ですね。一緒にガッコ、行きましょう?」 何の衒いもなく、いつものにかりとした笑顔を向けられ、東峰は情けなく眉を下げた。 「いいけど…クラスメイトとか、いいの?」 「いいっス」 「いいってそんなあっさり…」 「だって折角旭さん見つけたんですから、一緒しないと勿体無いでしょ」 西谷の中の自分の順位がどれだけ高いのか、東峰は少し怖くなる。西谷はいつもそうだ。自惚れてもいいのなら、西谷の中の「東峰旭」という人物が占める割合はかなり大きい、ように思う。少なくとも学校という限定された場所に関してなら、かなりな割合を占めているだろうと推測は出来る。 それでも、それが嬉しいのだ。自分の存在が、例え学校生活の中だけでも部活の範疇外にまで及んでいると思えることは、だらしなく頬が緩んでしまう程には嬉しい。 「何か、嬉しいことでもあったんスか」 「わあ…!」 ふと気付くと、目の前一杯に西谷の顔があって、心臓が飛び出るぐらい驚いた。 「お、脅かさないでよ西谷…」 「だって、旭さん何か嬉しそうっスよ。だから何かあったのかなーって」 「え、そ、そんなに嬉しそうだった?」 「ハイ」 はっきり断言されて、思わず顔に血が上る。きっと、真っ赤になってるんだろうなと思って頬に手をやると、まるで熱が出たみたいに熱い。 「あの…」 まじまじと顔を覗き込んだまま、西谷が遠慮がちに何かを呟いた。 「え、何、西谷?」 「旭さんも、ですか?」 何が、なのか分からなくてきょとんとしていると、目を泳がせていた西谷が意を決したように言った。 「違ったらすいません、えーと…一緒に登校出来て俺は嬉しいんですけど、あの、旭さんもそうですか…いや、そうだったらいいなーというか…」 西谷にしては珍しく歯切れの悪い言い方に、東峰は小さく笑う。 「何で笑うんスか」 「ごめんごめん、悪い意味で笑ったんじゃないから」 今度は自称・頭が悪いという西谷が首を捻った。 「いい意味…?」 「あ、うん…俺も嬉しいからってことなんだけ、ど…ッ」 思わずそう口走ってしまい、わあと慌てて口を噤んだが、時既に遅し。口から飛び出た言葉はなかったことには出来ない。正に覆水盆に返らず。幸いなことに、通学途中の生徒は皆それぞれに会話することに忙しく、東峰と西谷のことなど気にもしていないようでほっとする。 東峰は両手で口を押さえたまま、今度は西谷の方にそろりと視線を移した。 果たしてそこには、それこそ落ちてしまうんじゃないかと心配してしまうぐらいに大きく目を見開いた西谷が自分を見ていた。 「え、えーと…」 「ホントウですか」 「え?」 「旭さんも、嬉しいって」 「あ……、うん」 今更言わなかったことになんか出来ないし、勿論西谷に嘘を吐くなんてことが出来る訳もない。 観念してそう肯首すると、西谷は酷く嬉しそうな顔でくしゃりと笑った。 「だったら、いいです」 「?」 旭さんが嬉しいなら、俺ももっと嬉しいですから。そうやって西谷が笑った。 「あんまりのんびり歩いてると、本気で遅刻っスね!」 急ぎましょう、と西谷は一歩前に出て後ろを振り向く。周りの目があったからその手が差し出されることはなかったけれど、それでも東峰は十分だった。まあ、ほんの少しだけ残念に思ったのは内緒だ。 もしかして、これからもっと欲が出るのかもしれないけれど、今はこうして西谷の好意の一つ一つに驚いたり喜んだりしていたい。 そう密かに思いながら、東峰は自分より小さな守護神の後を追いかけた。
2014年01月06日(月)
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