| 2005年01月30日(日) |
勉強した事を思い出そうとした暇な日 |
落ち込みそうなことからはちょっと目を逸らして(仕事とか、引越しとか、人間関係とか)、それ以外は呑気で何もない一日だった。
起きて、洗濯して‥‥あ、二度目の洗濯ものが‥‥まだ洗濯機の中だ? 干してきた。ああ、寒い、寒い‥‥外は寒いですねぇ。
春まだ来にけらしとか何とか「まだ来ないようですね」という意味のつもりで書こうとして、ん? なんだか違う気がする、と、古文の学習ページを見にいって、来にけらし は、「来たようですね」という意味らしいと知り。 ああ、じゃあ、自力で「来ないようですね」という古文に変えてみようかと思ったが、読み進むうち助動詞とか、係り言葉とかそういえば色々あったっけなと遠い目をしてしまって、一時間が過ぎました。
まぁ、兎に角早く春になってほしいなぁという意味を込めて呟こうとしたところ、暇をもてあましていてそんな事を調べる時間があった、というくらいには、かなりのんびりしていました。 結局ね、飛ばし読みなんかしてたもんだから、すっかり混乱して。 上の段からまた更に30分、読みつつ考えてましたが、やっぱりいきなりすんなりと思い出せるものじゃないということだけ、分かりました。
古文ね、連体とか連用とかが良く分からない‥‥というか、あの活用表というやつの意味が良く分からなくて苦手な教科だったんですが、受験前に猛勉強したら、一時だけ、嘘のように読めるようになった。ホント、すらすら読めた。 それで、発音した時の感じもいいし、あの、コツというか、勘というか、暗号文を解く時のようなあの感覚もよかった。 読めるようになると楽しかったし、意味を知るとああ、ちゃんと日本の言葉じゃないの。というように思うようになれて、後から古文書読解を短大でやるようになったとき、割と抵抗なく楽しめたのも、古文や漢文の勉強があったからこそだったと思います。
が、今は古文も古文書も読めない。古文書の方は多分、〜候とか、覚、とかその辺のお決まり言葉は読めるんだろうけど、多分、ほかはきっとまるっきりダメになっているに違いない。良く先生に、「英語と一緒で毎日読まないと忘れる、読めなくなる」といわれたけど、本当でした。
後悔‥‥。
なんか、途中で内容が変わりましたが。
では、また明日。
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