| 2003年04月26日(土) |
英語は分からない。でも訛りは分かる気がする。 |
「デッドマン・ウォーキング」を見た。 スーザン・サランドンが出てるなぁと思いながら、だったんだけれども、見ていて発音がイギリス人。と感じた。 俳優や女優の出身地までチェックするようなマニアではないので、気のせいかもしれないが後で確かめてみるかと思ったら、英語の発音が美しい女優として位置づけられているらしい。 イギリス人だ、と思ったのは、先日見ていた「マイ・フェア・レディ」での発音訓練と同じ発音をしている。と感じたからなのだが、ほほぅ、とすると英語は分からなくても訛りというのは分かるものなのかもしれない。
しかし、ティム・ロビンスと同棲していたとは。大体ティム・ロビンスが監督をしていたことさえ知らなかった。ボブ・ロバーツだけかと思ってた。知らないほうが映画ファンとしてはダメ人間か? 同棲していたのはこの映画の頃らしいからもう5年も前になる。今はもう結婚しているか分かれているかどっちかだな。
音楽の殆どない映画で、これで漸くショーン・ペンの顔を覚えたと思われる。なかなか個性的な顔つきで、印象よし(死刑囚役だけど)。 ガクガク震えながら(ネタバレ→)泣いたり、死んでいく(←ネタバレ)姿は、演技が上手いと言えばいいのか、それともやりすぎなのか良く分からなかった。 映画館で見ればまた感じ方も違っただろうが、山らしき山のない映画なので、損をしたと感じていたかもしれない。 静かにズームイン・ズームアウトの画面構成は久しぶりに見た王道!て感じでなかなかいいよね。
ちなみに「大脱走」を見て。そのときも訛りてものを考えた。
今は「錨を上げて」を見ている。 いきなり有名な曲から始まるが、兎に角長い。 「雨に唄えば」でフランク・シナトラが好きになり、この映画を見たが、あの頃はまだ小さかったので、なぜこんな小太りのおっさん(失礼/ジーン・ケリーのことだ)のほうが、シナトラを差し置いてヒロインをゲットしたり、見せ場が沢山あるんだろうと思っていた。 確かに今見ればダンスはケリー。歌はシナトラ。 でも、ビジュアルって大事。この頃の大ハンサムで人気があったのはケリーらしいけど、ああ、シナトラ。アナタのほうがステキだと私は思う。 そしてシナトラの相手が、女優志望のヒロインではなくて、可愛いウエイトレスさんでよかったと心底思う。この女優さんの顔、不思議な顔つきで好きだなぁ。
さあ、ディズニーの「トムとジェリー」のトムとダンスするシーンが終わり大分しばらく(1945年にアニメと合成させるとは! さすがライオンがお〜のMGMだ)経った。そろそろ例の大量ピアノシーンだ。 これがまたまた、長いんだよなぁ……なんでこんなにと思うほど長いんだよなぁ。ストーリーにはまったく関係ないのに。 しかし、先日のマイ・フェア・レディといい、なんといい。この頃の映画はセットが凄い。地平線が見えそうな勢いだよまったく。
丁度第二次世界大戦が終わる頃だ。 日本が戦争でアップアップだったときにこんなのを作るんだから、正直……負けてごもっとも……。
祖母が、映画や舞台が好きな人であった。 私が、同じくMGMの映画「リリー」を借りてきたとき一緒に見ており、座長役をやっていたのっぽの男性を杖で指して 「この人は足を故障してから踊れなくなって今はおじいちゃんだけれども、ばあちゃんが若い頃にはステキでたいそう人気があった」と教えてくれた。 のっぽの俳優、格好よかったらしい。そう思いつつ気になって、いく年月。 検索してみたら、「メル・ファラー」という俳優さんでなんとオードリーの旦那さんであったとな。 だがばあちゃんよ、足を云々という下りは捜してもなかったんだが…。勘違いか記憶違いか。 サイト検索中に分かったことは少なく。身長が188センチだったとかいうところのみ。ちなみに同サイトでティム・ロビンスが198センチだと言うことを知る。いくらのっぽさんだからって、ちょっとのっぽすぎるぞ!!
故・古尾谷さんなど、180センチちょっとの長身で、役者としては不利だったっていう話をきいたけど…。他の役者さんにピントを合わせたとき、フレームアウトしちゃうってことなのかな。 古尾谷さんやレスリー・チャンが亡くなったときもすぐには知らなかった。 ショックだったなぁ。ブラウン管やスクリーンの中だけの人ではあるけれども。
さて。錨を上げて。が終わった。 あれれ? スタッフロールにはシナトラがトップに書かれている。するとこの頃はすでにケリーよりシナトラのほうが上だったのかぁ。
そしてビデオを放りっぱなしにしていたら「フラート」というのが始まってしまったが、一体この映画は面白いのだろうか。自分で選んで録画したんだから何か惹かれるものがあるはずなんだが。 1995年、米・独・日合作……? コラー! そこの女性! 着物を左前に着るなぁ!!
と言う訳で、まとまりのない今日の日記を終わります。
では、また明日。
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