一年が過ぎた■2003年03月29日(土)
昼過ぎ、携帯が鳴った。
「おっつー。」
よー、こんちは。
生徒の声の後ろで、コツコツコツとヒールの音がした。
歩いてんのかい。もう、演奏終わった?
「まだまだ、かなり後。今、タバコ買いに会場の外に出てきてるんだけどー、私の今の格好、ヤバイよ。真っ白のドレスに黒のパーカー羽織ってて、どういう組み合わせだって感じでしょ。」
今日は、生徒のピアノのコンクール。
「それがさー、会場の中にタバコ売ってないし、コンビにも近くにないし、どこにで売ってるか教えてよ。」
分かんねーよ。っていうか、今、どこ?
20分ほど暇つぶしの電話に付き合った。
夜、日付が変わる頃、生徒からワン切りの電話が来た。
つまり、僕からかけ直せってこと。
「帰ってきてから自分の演奏をビデオで20回くらい繰り返して見たんだけど、自分じゃないみたい!だいたい、弾いてた時も、拍手が聞こえるまで演奏が終わった事に自分で気付かなかったんだよ。やばくない?」
彼女は自分が得た賞の名前を言っていたが、コンクールではかなり良い成績だったようだ。
僕は、一年前、生徒が手の骨を折ったことを、あんなに大変な事だったのに、むしろ懐かしむように思い出した。
そして、生徒を、ほんとよくがんばったね、と言った。
「あー、頑張ったよ。」
と、当の生徒には素っ気無い言葉で返されたけど。
コンクールの話が終わって、生徒は僕たちが会っていない間の出来事の話をした。
「あ、そう言えば、勉強やってるよ。かなーり。先生にもらった参考書、B-4まで進んだ。」
おー、ピアノで忙しいのに、よくやってるね。
「あったりまえでしょ、なめてもらっちゃこまるよぉ。」
1時をすぎた頃、生徒は、僕に眠くならないの?と訊いた。
僕は、眠くならないと答え、続けて訊き返した。
君のほうは眠くならないっていうか、コンクールの興奮が続いてて眠れそうにないんだろう?
「そーなんだってばー。だから、とりあえず先生なら話し相手になるかなーと思ってさー。」
そうですか。
「そうそう、私が英語と数学を教えるって言ってた子がさ、高校受かったよ!」
すっげーじゃん!おめでとう、先生。家庭教師として、白星スタートだね。
「嬉しいけどねー、自分が浪人ってのがちょっとね。」
すみません、力及ばずで。
「ま、行きたいところを落ちたからって、びみょーな大学行くのもアレなんだけどね。」
生徒は、予備校行くかなー、宅浪するかなー、とどっちつかない事を言っていた。
どーすんべー?
どうするといいかなー、そんなことを言ってるうちに生徒の携帯の電池が切れそうになり、「じゃ、バイバイ、おやすみ!」と彼女は大急ぎで電話を切った。
My追加