旋律■2003年02月04日(火)
4日の9時半に生徒の家へ着いた。
この日のメニューは、最初の試験を翌日に控えた最終チェックだった。
昼に宅配のピザを食べ、少し休憩を入れることにした。
生徒が、
「気晴らしにピアノ弾いていい?」
と頼んだので、僕は聞かせてもらった。
前に僕は彼女に弾いているところを聞かせてくれるよう頼んだが、「弾いているところを見られると恥ずかしいから」と拒否された。
だから、彼女がピアノを弾くのを聞くのはこれが初めてだった。
ピアノの置いてある部屋には初めて入ったのだが、そこはピアノの以外には他にこれといった家具のない、あたかも専用の部屋のようだった。
「たまたま部屋が余ってたから」
こうなったのだと生徒は説明した。
そして彼女はいくつか鍵盤を叩き、「これは3月のコンクールの課題曲」、と言って、曲を弾き始めた。
弾いているときの生徒の小さな身体は、右へ左へととてもよく動いた。
黒いピアノにしがみついて戯れているようだった。
そして、演奏は何かが特徴的で、音楽をよく知らない僕をも引き寄せた。
曲が終わると、僕は拍手をした。
生徒は、あーっ!と天井を仰いだ。
「うわ、もう最低!ミスりまくり!」
年明けからは勉強が優先していて、あまり練習していない、と彼女は言った。
そう?でも、凄く良かったよ、それに、見ていて楽しそうだったな。と感想を言った。
「そう、弾いてると笑えてくるんだよね。」
生徒は笑顔だった。
その後は22時半までひたすら勉強、勉強。
最後、生徒は、自信がなくなってきたと、と言ってこたつの中に隠れてしまった。
僕は布団の上から彼女の肩を軽く何回か叩き、大丈夫、大丈夫と彼女に言い聞かせた。
彼女は布団から顔だけのぞかせ、僕を見た。
僕は床にひじをついて彼女の顔のすぐ横に寄った。
君は出来る、勝つんだ。
僕は、僕自身に比べ半分くらいしかないような、狭い彼女の肩を、包むように抱いた。
君は出来る、勝つんだ、君は出来る。
小さな頭を撫でながら、そう僕が何度か繰り返すと、その小さな頭が小さく縦にうなづいた。
生徒は僕を見上げ、言った。
「勝ちに行って来る。」
「先生、明日の朝、送ってくれない?」
僕が帰る時、玄関で生徒はそう訊いてきた。
「本当はお母さんにに送ってもらう約束してあるけど、、先生に一緒にいてほしいし。」
いいよ、了解。
じゃあ、8時に迎えにくるから。
「うん、ありがと。じゃあね。おやすみ。」
生徒は手を振った。
ああ、おやすみ。
よく休めよ。