Experiences in UK
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2005年03月21日(月) |
第84週 2005.3.14-21 ブラウンおなじみの経済自慢、ブラウンが語るブリティッシュネス |
今年のシックス・ネーションズはウェールズの全勝優勝(グランドスラム)で幕を閉じました。ウェールズの優勝は94年以来、同国の全勝優勝は78年以来の快挙です。また、これでシックス・ネーションズにおける優勝回数がイングランドに並びました(35回)。 この後、英国では、ブリティッシュ・アンド・アイリッシュ・ライオンズ(アイルランド共和国を含む英国選抜チーム)のメンバーが選出され(メンバー発表は4月11日の予定)、七月にニュージーランドで遠征試合を行います。
(ブラウンおなじみの経済自慢) 16日、ブラウン蔵相が議会で予算演説を行いました。予算の発表に合わせて経済の状況や新しい予算の中身を説明するもので、今年は過去2番目に短い演説だったそうですが、それでも50分あまりの時間をかけて同蔵相が一人でしゃべり続けます(最短は19世紀にディズレーリが行った45分間の演説らしい)。英国の蔵相は、毎年12月にも同様のプレ予算演説を行います。
例年、ブラウン蔵相の予算演説は経済状況のレヴューから始まるのですが、これが毎度おなじみの経済自慢話で、自慢の度合いが年を追うごとにエスカレートしています。この間野党のやじと与党の拍手・歓声が交じり合い、長い演説の格好の「つかみ」にもなっています。 03年12月のプレ予算演説において、ブラウン蔵相は「現在の英国の景気拡大は、過去100年以上のなかで最長」と述べたのですが、翌04年3月の予算演説では、「私は下院に対して謝らなければならない。財務省のスタッフに調べさせたところ、現在の英国は、過去200 年以上の中で最長の持続的経済成長を享受していることが判明した」として、議場を沸かせていました。 そして今回、財務省スタッフの歴史研究はさらに進んだようです。「現在の英国経済は、記録を取り始めた1701年以降で最長の景気拡大を持続している」とブラウンは述べました。これ以上遡ることは出来ないみたいです。ほとんどネタですね。
ただ、実際に近年の英国経済は、まさに今年の演説でブラウン蔵相が指摘したとおり「低インフレ、高雇用、生活水準の向上」を達成しています。「低インフレ、低失業率、高成長」を鼎立させたとして、当時のクリントン政権がニュー・エコノミーと自賛していた90年代後半の米国経済に少し似た状況です。 個人的な見解としては、世界的なITブームを先導して過熱気味だった当時の米経済と比べて、安定性にすぐれた現在の英国経済の方がよりヘルシーなようにも感じられます。
(ブラウンが語るブリティッシュネス) さて、そのブラウン蔵相、予算演説を前にした14日にBBC2のドキュメンタリー番組に出演しました。残念ながらその番組は見逃してしまったのですが、後日の報道をみると、かなり興味深い内容だったようです。 ブラウンがブリティッシュネス(英国のアイデンティティ)に関してどのような考え方を持っているのかというテーマで、数ヶ月にわたって同氏を取材したものでした。
まず、ブラウンは、ブリティッシュネスを「制度」(王室とか英連邦などの形式的なもの)としてではなくて「価値観」として考えているとしたうえで、「我々には、英国を形作ってきた共通の性質や価値観がある。例えば、英国の歴史を通じてはっきりと見てとれる寛容や自由への信念、公平性やフェア・プレイの精神、市民としての義務感などである。」と述べています。
この後、以上を踏まえて、かつての「帝国(主義)」に関連したかなり踏み込んだ次のような発言をしているのが注目されます。 「私は、英国が過去に行った植民地政策に対して謝罪すべき時は終わっていると思う。我々は前へ進むべきだと思う。我々は自身の過去のことを謝罪するよりも、もっと称賛すべきだろう。とりわけ『英国の価値観』についてきちんと話すべきだと思う。」 "I think the days of Britain having to apologise for our history are over. I think we should move forward. I think we should celebrate much of our past rather than apologise for it and we should talk, rightly so, about British values."
次期首相候補とも目され続けてきた現役の大物閣僚が、自国の負の歴史に関してここまで踏み込んだ発言するのはなかなかすごいことだと、とくに日本人としては思えます。 番組では、ブラウンの見方に対して、ある労働党議員による以下のような強い反論を紹介していたようです。曰く、「ブラウンの植民地政策に対する見方は、あまりに楽観的でありかつ一方的な見方である。ばかげているばかりか、かつて植民地でひどい目にあった人々に対する侮辱でもある。」 この反論は、日本の大物政治家がブラウンのような発言を公然とした場合に沸き起こると想定される典型的な反論でもあるでしょう。日本の場合、近隣の諸外国からも強い反発を受けて、件の大物政治家が嵐のようなバッシングにあうことは必定だと思えます。 英国では両論が平然と並立されており、上記ブラウン発言が英国で政治問題となる様子はまったくありません。ごく一部のメディアでは、大胆な発言として小さく取り上げられていましたが。
(ブレアとブラウンの異なる「英国観」) 番組の中では、ブラウンとブレアの英国観の違いについても言及されたようです。 BBC2ウェッブ・サイトによると、「彼(ブラウン)は、ブレアがかつて提唱していた『クール・ブリタニア』という考え(カッコイイ英国というブランド・イメージを世界に広げようという戦略)を否定した。さらに深刻なことには、英国は欧州と米国との架け橋たるべしというブレアの考え方に対して批判的である」とのことでした。 ブラウンは、両大陸の単なる架け橋として英国の自己イメージを限定することに異議があるらしく、英国固有の価値観を前面に出したいようです。そのために、歴史教育の見直しまで提言しています。 両者の間に見解の相違があるというよりも、イメージとか国際関係の現実に直面して英国の立場・戦略を考えるブレアに対して、自国内の問題としてより精神的な観点から英国観の再考を促しているのがブラウンであるようにみえ、異なる次元での役割分担という見方も出来るでしょう。
ブラウンといえば、英国労働党における押しも押されもせぬナンバー2ですが、ライバルのブレアと比べると、ニュー・レイバーの中においては伝統的な左寄りの考え方により近い政治家です。日本の感覚では、上記のブリティッシュネス発言は非常に保守反動色の濃い政治家という印象があるため、一見すると奇異に感じる面があります。 ただし、この背景には日本人の思考パターンでは解釈しきれない英国に固有の事情があると考えるべきでしょう。つまり、英国はかつてイングランドを中心とした大英帝国という特殊な国家形態での繁栄の歴史を有し、現在も国家の成り立ちとしてはその延長線上にある国であり、国としての統一性を模索し続けているという事情です。分権化が進む方向にあるイングランドとその他の地方(スコットランド、ウェールズなど)との関係、さらにプレゼンスを増し続ける移民と従来からの英国民との関係などにおいて、国内的に英国としてのアイデンティティを維持・確立するということが、近年の英国ではますます重要な課題になっているようです。
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