Experiences in UK
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2004年08月31日(火) |
第54-55週(週末・連休編) 2004.8.16-30 リッチモンド、リーズ城 |
8月下旬以降のロンドンは、長袖の上にもう一枚欲しくなる日があるくらい涼しくなってきました。一瞬の夏が通り過ぎるとただちに深まりゆく秋を感じる気候になります。 先週からラスト・サマー・ホリデー(祝日)にかけての夏季休暇には、英国の「秋」を満喫する日帰りの行楽に出かけていました。
(リッチモンド Richmond) リッチモンドは我が家のあるパットニーの隣町です。この小さな町は、テムズ河にかかるリッチモンド・ブリッジ周辺を中心としたお洒落な街並みとテムズ河沿いの美しい風景、ロンドン一の広さを誇るリッチモンド・パーク、世界遺産に登録されたキュー・ガーデン、そして山の手にはお金持ちの豪邸が共存する魅力的な町です。 車でリッチモンド・パーク内を突っ切ってリッチモンド・ゲートを出ると、リッチモンド・ヒルと呼ばれる小高い丘の上に出ます。このリッチモンド・ヒルからテムズ河を見下ろす眺めはロンドン随一といわれ、実際に画家ターナーなどが好んでその風景を描いたそうです。リッチモンド・ヒルは高級住宅街になっており、また三つ星レストランがあることで有名なピーターシャム・ホテルがひっそりと、しかし最高の眺めの場所に門を構えています。 あるガイドブックには、「リッチモンドは英国の本質的な魅力と美しさをそのまま形にしてみせてくれる」と記述されていましたが、必ずしも大袈裟な表現ではないでしょう。
先日、リッチモンド・ヒルを下りたテムズ河畔の遊歩道沿いにあるパブWhite Crossでランチを取っていた時、パブの前の道が車両通行止めになっていました。道路の真ん中に一隻のプレジャーボートがでんと居座っていたためです。テムズ河は干満の変動がかなり大きく、満潮の際にはWhite Cross前の道は完全に水没するのですが、潮が引き始めた時に移動を怠った船が道路に乗り上げたまま残ってしまったようでした。こういう場所にあるパブWhite Crossの店の横手には、階段つきの裏口があり、そこには”Entrance at high tide”(満潮時はこちらから)の表示があります。 リッチモンドの町自慢で忘れることができないのが、キュー・ガーデン沿いにあるお菓子屋さんのMaids of Honorです。店においてあるリーフレットによると約300年前からレシピを守り続けているという名物パイの味は格別です。おいしいお菓子とはこういうものです、といった感じのけれんみのないおいしさは、まさに300年の伝統がなせる技なのでしょう。
ところで、リッチモンドに豪邸が建てられ始めたのは現代に始まったことではありません。テムズ河畔の美しい自然の中の立地条件を求めて数百年前から競うように名士が豪華な邸宅を作っていたそうです。とくに17〜18世紀頃、英国ではイタリア絵画に描かれた理想郷アルカディアにもっとも近い風景を具現した場所としてリッチモンドの人気があがり、現在も残るいくつかの大邸宅が作られました。これらの邸宅は、今では広大な庭が公園になっていたり、お屋敷内を見学できるようになっていたりします。 それら数百年前に建てられた豪邸の代表格がハム・ハウスです。17世紀に作られた立派な邸宅と整然と幾何学模様に造形された美しく広大な庭園は、現在はナショナル・トラストにより管理されています。
(英国の名所・旧跡) 英国の多くの名所・旧跡には、なにかしらすがすがしい雰囲気が流れているように感じます。 今回の休暇中、ハム・ハウスの他にいくつかのナショナル・トラストのプロパティを訪れたのですが、我々はすでに会員になっているため、入場料や駐車場代が無料または割引になります。会員証を提示して会員である旨を告げると、受付の人が必ず”Lovely!”と言って満面の笑みで通してくれるのはなかなか心地よいものです(英国人は男女問わずにlovely=素晴らしい、を連発します)。
また、ナショナル・トラストのプロパティをはじめ大抵の名所・旧跡に入ると、必ず多くのスタッフ(解説要員)がいます。ハム・ハウスにも数多ある部屋ごとに一人ずつスタッフがいて、巨細にかかわらず質問に丁寧に応えてくれ、時には問わず語りで滔々と話を始めてくれます。彼らはたいていかなり高齢の市井のおじいさん、おばあさんなのですが、おそらくさほど高くない対価で(あるいはボランティアで?)自分の大好きな建物や庭園について知っているだけの知識やその良さを訪問者に伝えることを余生の楽しみにしているのでしょう。それはなかなかいい雰囲気のものです。 これは日本の名所・旧跡ではあまり見られない風景だと思うのですが、私が知る限り、実家近くにあって帰省するごとに必ず訪れる司馬遼太郎記念館がよく似た雰囲気です。たしか同記念館は司馬遼太郎記念財団とボランティアたちにより運営されており、司馬さん好きの人々が静かに集うような場所になっています。
(リーズ城 Leeds Castle) イングランド南東部(ケント県、イースト・サセックス県)は、肥沃な土壌と温暖な気候に恵まれていることから「英国の庭園」とも呼ばれる美しい田園風景が広がる地域です。ロンドン南部に住んでいる我々にとっては交通の便がいいこともあって、これまでも何度か訪れていましたが、今回の休みの間も数度にわたって出かけました。イングランドの南海岸であるセブン・シスターズは三回目の訪問になりましたが、白く切り立つ石灰の岸壁と陸地に広がる果てしない田園風景の眺めは何度見ても飽きません。
休みの一日、ケント県の北部に位置するリーズ城に訪れました。リーズ城は起源を遡ると12世紀頃になるとされる英国でもっとも古いお城の一つです。小振りながらも湖に囲まれた気品に満ちた姿をしており、リーズ城のガイドブックによるとある城郭歴史家が「世界で一番見事な城」と絶賛したそうですが、あながち我田引水でもないと思います。 特筆すべきは湖の周囲にさらに広がる途方もない広さの美しい庭園(公園)と自然環境です。湖に流れ込むレン川には様々な水鳥が棲息しており、城のシンボルとされている黒鳥(ブラック・スワン)が水面を優雅に滑っていく様には息をのみました。
さて、このような美しく広大な敷地と古い歴史を持つお城の維持・管理は誰が行っているのでしょうか。リーズ城は、かつてはヘンリー八世をはじめとした王族などが所有していたようですが、近世以降は様々なお金持ちの手に渡りました。 20世紀はじめに最後の個人での所有者となったあるフランス系イギリス人の女性が、城の補修・維持と周囲の自然環境の改善・保全に注力し、現在の美しい姿があるそうです。彼女の没後は、永久所有者として設立されたリーズ城財団が城を含むリーズ城公園の運営をしており、国などからの補助金は一切受けずに観光客やイベントなどからの収益で必要経費を賄っています。立派なものです。
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