文
- 光と自然と草仁
2002年06月10日(月)
居酒屋の隣のなんだかよくわからない店の看板では、一秒ごとに左右のライトが点滅している。 ぴかぴかぴかぴか、うるさいくらいで意識にひっかかる。気に障るというほどではないのだけれど。 振り返って、向こうに見える山は原色。草も木も花も、彩度が高すぎてくらくらする。 眼鏡をなくして、かえって目に入るものの存在感に圧されている気がする。命のある物はこんなに自己主張をするんだったか、自分の目にこれまで入っていたものは、それじゃあ生き物のほんとうの姿ではなかったんだろ、草仁はしばしばと何度かまばたきを繰り返した。目を閉じてもあの看板のライトがまぶたを透かす。白・赤・白・赤。まわりの景色、原色のまち。ストロボとひとコマの絵のくりかえし。 眼鏡をかけていた」ころの視界はどんなのだっただろう、つい一週間前のことなのにうまく思い出せない。
空を見上げてみると、その色だけはあまり変わってもいなかった。少しだけ安心して、けれどもやっぱり空は生きてはいないんだな、と変な理屈で考えた。
家へと続く道にあじさいが咲いている。雨に打たれても褪せない青、青、藍染めの薄い色。 これから紫になるんだろうか、去年見たのはたしか淡いピンク。 紫なんだか朱なんだか、わかりもしないほど褪せてぼろぼろ。
ぶらぶら歩く足元には水たまり、生きない空を映してるだけなのにぴかぴか。とん、とん、とん、びしゃん。跳ねた水がヴィンテージのジーンズに染み込む染み込む。冷たくまとわりついて途端に後悔した。 ぴかぴかのライトはもう無いけれど、網膜に残った赤がまだ黄色くぼんやり浮かんでいる。ぴかぴかぴかぴか、脳みその方が勝手に自分に見せてきている。そんな点滅、覚えたって何にもならない。足までぴかぴかに合わせてはずんでいる。トン、トン、トン、スキップ。 これは僕がはずんでるんじゃない、草仁はまた水たまりに飛びこんでしまって、自分に対してそう言ってみた。
嬉し、嬉しや
感情まで流されそうになっている。いかん、ここまでなんとか一週間耐えてきていたのに。 生き物がみんな精気に満ち満ちているのは不自然なような自然なような、ああレンズが目の前になくなっただけでこんなに違うものなんだ、眼鏡が光を吸い取ってるんだな、ということは。
嬉し、嬉しや、ああ嬉し
このままスキップで帰っちゃおう。草仁はジーンズの裾をたくしあげて笑った。
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