迷宮ロジック
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ムジナ
2002年02月04日(月) |
ムジナ 第12章 延長 |
第十二章──延長
「ルリちゃん……」 私は何と言っていいか分からずに口ごもると、 ルリが振り向いた。 その眼にはかすかに涙の跡があった。
「お姉ちゃん、ひとつだけ我が儘言っていい」 「なに?」 「少しだけ手を繋いでいて欲しいの」 「そんなこと」 別に我が儘でもなんでもないじゃない。
返事代わりに小さな手を握りしめる。 すこし冷たい。 「ほんとうをいうと少し怖いの。もとの世界に戻るのが」 「どうして?」 「ここはおねえちゃんとおにいちゃんがいる。ゆうちゃんもいる。誰もルリのことを嫌がったりしない。ほかになにもいらないのに」 「それは、だけど」 私はハンニバルが……なんてルリの真剣な瞳を前にすると言えなかった。
「あのな、ルリ」 すこし前を歩いていたシュンがひょいと身をのりだした。 「この世界は本当じゃない」 「どうして」 「ここは限定されていて、静かすぎるから。」 「静かじゃいけないの」 「いけなくはないが、なにも発展がないな」 「このままでもいいよ。ルリは」 「いつも魔王の思うがままに操られていてもか」 「それは、いやだけど」 「俺は、いやなんだ」 シュンはきっぱりと言った。 「俺はいつまでも魔王の意のままにいたくはない。あの魔王の鼻をあかして、一発蹴りでも入れてやらなくちゃ気が済まないんだ」 「それに」 シュンはにやっと笑った。 「あの女王の化粧がどの位厚いのかも見てみたいしな」 「上に行けば会えるかな」 思わず私も口を挟んだ。 「ああ、確証はないが多分そうだ。これだけの設備なら制御する場所があるはずなんだ。この辺りには見あたらないとなると、この噴水の中にあると推定するのが妥当な考え方だろう」 「すくなくとも本拠地には近くなるはずだ」 「だからルリ」 そう言うとひょいとルリを肩に載せた。 「上に行くには、三人で頑張るしかないんだ。この世界も悪くはないが、ルリはもっと大きい世界を知るべきだと思う」 それに、と付け加える。 「俺のライブにも行ったことないだろう。俺一人でも音楽は作れるが、またバンドのみんなで作り上げる音楽はもっと素晴らしいんだ。ルリにもぜひ聴いて欲しい」 「……お兄ちゃんの作る音楽、ルリも聴いてみたいな」 「そうだろう。そのためには」 そういって指さす。 「この扉をルリに開けて欲しいんだ」 シュンの肩にのったまま、ルリはしばらく躊躇っているようだったが。 「分かった……」 そうちいさくつぶやくと、その手を伸ばして。
黒い扉を開いた。
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