-殻-
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そもそも僕らのバンドがうまくいかなくなったのは、僕とFの仲がうまくいかなくなったからだ。
FはH市に就職するに当たって、結婚することを決めていた。 それが奴を少し丸くしたのか、(或いは僕が?)お互いに戸惑いは残しながらもメールをやりとりして、少しずつ昔の距離感を取り戻していった。 3月のまだ風が冷たい日に、僕らは再会した。 あのころと同じように、ギターケースを抱え、いつも練習していたボロボロのスタジオに入った。 僕とFは、やはりどこかぎこちなく「久しぶり。」「おう。」と短く言葉を交わした。目を合わせるのが難しい。お互いに牽制している。 「じゃあ、とりあえずやってみようか。」 僕らの一番得意だった曲。 CSNの「Helplessly Hoping」。 イントロのスリーフィンガーを僕が奏でる。 僕ら3人の声が重なる。 その瞬間。 僕らはあのころに戻っていた。 響きあうことの楽しさだけを追求していた、あのころに。 そもそも僕らは、それ以上のものを何も望んではいなかったはずだ。 ただ、お互いのギターと声が重なって生まれる言いようのない響き。 それに魅せられて僕らは音楽を始めたんだ。 3年のブランクは、思った以上に僕らの勘を鈍らせてはいたけれど。 それでも、一度合わせてしまうと不思議と呼吸が戻ってくる。 僕らは、ほんのつまらない諍いのために、こんな幸せな時間を忘れてしまっていたんだ。 INDEX| PAST| NEXT | NEWEST |