-殻-

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2002年02月17日(日) 続けること

自由に書こうって考えてたのに、なんだかそれがとても難しくなっちゃった。
何ていうか、プライベートなことを伏せながら書こうとすると、結局は自分に制限がかかっちゃうんだよね。
何もかも晒け出して書くのはちょっと気が引けるし、じゃあどうするかっていうと脚色することになる。
うまくぼかして、直接的な表現を避けて・・・

そうやって考えちゃうから自由じゃなくなる。
なんだか振り出しに戻ってるな。

でも、よくよく考えれば当たり前のことなんだけど、プライベートなことじゃないとココロはそんなに動かない。書こうと思うほどの気持ちの動きは、とてもプライベートな、ココロの核心に触れてしまう。
それを晒け出そうとすれば、自然と抵抗が生まれる。

ああ、自由にはなれない。

それでも書かずにはいられないから、こうして書いている。
こうやって書いていること自体が既に袋小路なんだな。

表現しようとする人間は常に、その選択を迫られているのかも。
何もかもを晒け出してしまえば、衝動に身を任せて思いを放出できる。
でも、それはとても危険だし、第一自分を削ることになるわけだからいずれやせ細って、使い果たされてしまう。そしていずれきっと、ネタのために自分を動かさなきゃならなくなる。それは本末転倒。瞬発力はあるんだろうけど、続かない。

かといって制限を付ければ、まず衝動に任せてコトバを吐き出すことができなくなる。
どこかでブレーキをかけながら、客観的に自分を眺めながら、コトバを紡いでいく。
そしてどこか素直じゃない、色つきの虚飾がついてまわる。

でも僕は、やっぱり制限付きの表現を選ぶと思う。
いつも「もっとできるはずだ」と思いながら、制限と感情の高揚の狭間で揺さぶられている方が僕らしい。

僕のポリシーとして、「続けていく」ことがある。
僕は終わりが恐い。
何かを終えることが、とても切なくて悲しい。
だから、続けていたい。

書くことも、コトバを紡ぐことも、考えること自体も、ずっと続けていくことに意味があると思ってる。
続け続けることが、目標であり夢でもある。そして、永遠に達成されないからこそ価値がある。

いつも追い続けていられることはシアワセだ。
前にも書いたけど、追いつ追われつの、収束しないスラップスティックを繰り返す。
その中で、少しずつ自分なりの「何か」が生まれてくればそれでいい。


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しんMAIL

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