-殻-
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自由に書こうって考えてたのに、なんだかそれがとても難しくなっちゃった。
何ていうか、プライベートなことを伏せながら書こうとすると、結局は自分に制限がかかっちゃうんだよね。 何もかも晒け出して書くのはちょっと気が引けるし、じゃあどうするかっていうと脚色することになる。 うまくぼかして、直接的な表現を避けて・・・ そうやって考えちゃうから自由じゃなくなる。 なんだか振り出しに戻ってるな。 でも、よくよく考えれば当たり前のことなんだけど、プライベートなことじゃないとココロはそんなに動かない。書こうと思うほどの気持ちの動きは、とてもプライベートな、ココロの核心に触れてしまう。 それを晒け出そうとすれば、自然と抵抗が生まれる。 ああ、自由にはなれない。 それでも書かずにはいられないから、こうして書いている。 こうやって書いていること自体が既に袋小路なんだな。 表現しようとする人間は常に、その選択を迫られているのかも。 何もかもを晒け出してしまえば、衝動に身を任せて思いを放出できる。 でも、それはとても危険だし、第一自分を削ることになるわけだからいずれやせ細って、使い果たされてしまう。そしていずれきっと、ネタのために自分を動かさなきゃならなくなる。それは本末転倒。瞬発力はあるんだろうけど、続かない。 かといって制限を付ければ、まず衝動に任せてコトバを吐き出すことができなくなる。 どこかでブレーキをかけながら、客観的に自分を眺めながら、コトバを紡いでいく。 そしてどこか素直じゃない、色つきの虚飾がついてまわる。 でも僕は、やっぱり制限付きの表現を選ぶと思う。 いつも「もっとできるはずだ」と思いながら、制限と感情の高揚の狭間で揺さぶられている方が僕らしい。 僕のポリシーとして、「続けていく」ことがある。 僕は終わりが恐い。 何かを終えることが、とても切なくて悲しい。 だから、続けていたい。 書くことも、コトバを紡ぐことも、考えること自体も、ずっと続けていくことに意味があると思ってる。 続け続けることが、目標であり夢でもある。そして、永遠に達成されないからこそ価値がある。 いつも追い続けていられることはシアワセだ。 前にも書いたけど、追いつ追われつの、収束しないスラップスティックを繰り返す。 その中で、少しずつ自分なりの「何か」が生まれてくればそれでいい。 INDEX| PAST| NEXT | NEWEST |