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ワールドカップが閉幕しましたね。それらを省みる場合まずはゲームの内容に思いを馳せるものなのでしょうが、終わってみるとまず考えてしまうのはお隣の国の人たちと日本人の民族性の違いと、この国のマスコミの常軌を逸した対応でした。けしてゲームがつまらなかった訳ではなく、面白い試合も多かったのだけど、そう言う所で何かケチを付けられたような気になってしまうのは自分だけなのでしょうか。
自分にとって対戦する国の選手がチャージをされて倒れている時までブーイングを浴びせかけ、対戦国の選手の遺影や、戦争の時の行いとこじつけた誹謗中傷の垂れ幕をつくって艱難辛苦に耐えて予選を勝ち上がってきたそれらの国の選手を貶める事が出来る人たちや、そんな人たちに警鐘も鳴らさず、お隣の国を持ち上げていればいいと思っている日本のマスコミ業界の感覚は理解に苦しみます。全く相容れない感覚です。
どこを応援しようがその人の自由ですが、公の場で相手を侮辱するという事を全世界で何億人もの人が見ている前でやれば、その行為は他の国の人にどう思われるのか位は考えて行動すべきだと自分は感じます。
そして共催しているからといって、公の場でどの国よりも中立性を求められるべきホスト国のマスコミが対戦国より敵視されているお隣の国の礼賛しかしないと言うのは、明らかに異常としか言いようがありません。一方的に片方だけを持ち上げ、もう片方はまるで無視というような態度をとっていれば、扇情的な偏向報道といわれても無理はないでしょう。そしてそんな態度はとてもまともな国同士の交流とは言えないのです。まともにお隣の国と向き合うつもりだったら、おかしいと思う点には苦言を呈するべきだし、おかしな要求にはちゃんと「NO!」というべきでしょう。正直言って日本が負けた時には大歓声を上げていたにも拘らず、自国と対戦する国を応援した日本人を「我々の敵」だの「気持ち悪い」だの言ってくる国の態度に対して、日本のマスコミは一体何にリスペクトし、共感する事が出来るのか理解に苦しみます。
試合の内容にも色々論議が巻き起こりましたが、最早済んでしまった事を素人の自分が云々するつもりはありません。もちろん起こった問題には改善は必要でしょうが、たとえどんな経緯があったにせよ、各国が死力を尽くして戦った結果に対しては敬意を表し、尊重すべきでしょう。そしてその中で生じた色々な光景は自分の記憶の中に残ると思います。ジダンの這い蹲る姿、バティストゥータの涙,ラウルの又抜きシュート、予選通過を決めたデルピエロのヘディング、ポルトガルを地獄に突き落としたパクチソンの芸術的ゴール、その結果に天を仰ぐフィーゴ、素晴らしかったカーンの好セーブ、勝っても負けても態度に好感をもてたトルコの選手とマスコミ(お世辞でもああいう態度をとってくれれば、素直に好感が持てるということをお隣の国も見習って欲しい)そしてなにより日本をベスト16に押し上げた日本のイレブンと稲本、森嶋、中田、鈴木のゴール。それらに感動した事は事実ですから。
ただ・・今回の「共催」と言うやり方に関しては、やはり失敗だった気がします。これは二国間の溝を埋めるチャンスと思った人も多かったようですが、結果は二国間の民族性と社会性の隔たりを改めて認識したのと、互いの拒絶を新たに生んだだけのような気がします。そもそも日本からしてみれば 後付けの押し付けでしかない「共催」など望んでもいなかったわけですし。
正直、このままの状態では「正常」な国付き合いや、友好など芽生えるはずがないということだけは確かでしょう。理不尽な誹謗中傷や、内政干渉まがい事をやってきても、一方的に日本がお隣の言う事を是認するだけの「異常」な状況でそんな事を考える事がそもそもおかしいのではないでしょうか。本来国と国とののスポーツの攻防を楽しむための催しがこんな状況を浮き彫りにしてしまうというのは何とも皮肉な話ですが。
理由は好きな国でも選手でも何でもいいから、自分の好きなチームを必死に応援して、悔しがって、感動する純粋にスポーツを楽しむ祭りであって欲しかったなあ・・・
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