散書
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2002年07月22日(月) |
海の底より重い、人生の伴侶のようなもの |
さて、「絶望」というものをご存知でしょうか。 ――その単語を知っているか、とか、そういう概念を知っているか、ということではなく、実感として知っているか、ということですが。 “水夏”にはまってます。やばいくらい面白いので、続きにいちいち興奮し、時間になってもやめるのが惜しいくらいの面白さです。それこそ、日本語を微妙に間違ってしまうくらい面白いです。 ‥‥そのことがどう「絶望」に繋がるのかというと。 何度かこの日記でも書いているように、(どうでもいいことではあるけれど)詩螺は小説書きを目指している、小説書き志望です。それこそ、「本職は小説書き」と、間違ったニュアンスを伝えかねない自己紹介をしたりもしてます。んで、小説を書くには当然物語を考えなければならないのですが。 力量の不足。 時々、そういったものに悩まされます。もちろん、自分で考えた物語は自分で「これなら」と思える程度のレベルを最低限と設定し書いているのですが、それでも他の作家さんの作品を読んでいたりすると、「足りない」と感じることもあるわけです。滅多にないことではありますが。 今回“水夏”を遊んでいて、久し振りにその感覚にぶつかりました(というか、ゲームでは初めて)。そう、それが絶望です。絶望とは先に道がないことではなく、道を造れる場所がないことです。 余地がない、ということでもあります。 深く語ることはしませんが(いずれ物語として書きたいから)、自分にこれだけの物語を紡げるかということを考えると、絶望にぶち当たる、と。
っていうか、プリンセスソフトにあれだけの力を持ったシナリオさんがいたってのがまず驚きですが(←失礼)。
昨日、年2回ペースの散髪に行ってきました。以前に行ったときの日記でも書いた通り、毎度同じ店で切ってるのに顔を憶えられてないんじゃないかと思ってたけど、どうやらちゃんと憶えられてたようです。 ‥‥しっかし。 突然短くすると戸惑うもんですね。鏡に映る自分に後ろ髪がないのが凄い違和感感じるんですけど。長いのが似合うわけでもないけど、短いのはもっと似合わない顔立ちしてますからにゃあ。 明日のバイトがちょっと憂鬱(苦笑 。
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