「暗幕」日記
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2007年08月28日(火) |
創作「壊すことと生き続けること」 |
あなたが黒以外のシャツを着ていたのをこの夏見たことがありません。 私は若い頃黒ばかり着ていたことがあります。 私の眉と眼には黒はよく似合う。そればかりでなく、黒を纏っていると自分が落ち着ける。 ある、アイドル歌手が引退前に出した自伝にも、十九―二十歳の頃モノトーンばかり着ていたという記述がありました。 黒い服は何からあなたを護っているのでしょうか。 黒い繊維がみずから吸収してあなたを脅かさずにいる光線はどんなものなのでしょうか。
さて、小説の話をします。夏目漱石の「こころ」と辻邦生の「時の扉」。 「時の扉」が今でも入手可能かどうかわかりません。もしかすると辻邦生自体、あなたはご存じないかもしれない。ですが「こころ」の筋は流石にあなたはご記憶でしょう。 親友Kを出し抜いて美しい妻を手に入れた「先生」は、Kの自死について自責の念に耐えられず、自らもまた妻を置いて血を見せずに死ぬことを選びます。 「時の扉」もまた、身近な人に酷いことをしてしまった自責を持つ男女の物語です。ですが長編の最後は、破滅ではなく、二人は結婚して生き続けることを選ぶのです。 はじめて「時の扉」を読んだとき結末に裏切られた感を私は抱きました。罪は同じだけか軽すぎるはずのない罰で償うしかないと信じていた。しかし時を経るにつれ、別なことを考えるようになったのです。 「時の扉」も間違いではないと思えるようになったのです。
どんな人間でも、生きていることを享受し、この世界を味わうことが禁じられるいわれはない。罪は罪としてそこにあるけれど、罪人が生き続けることが完全に否定されなければならないということはない。
あなたの心の底にあるものは、破滅による救いでしょうか。それとも、生き続ける果てにたどり着くであろう希望の地でしょうか。私は、あなたの瞳の奥を覗いて、そこにどちらがあるのかを知りたい。
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