「暗幕」日記
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見つめる日々(6月17日) 五木寛之の短編にこういうのがあった。インパクトのある絵を描く若い女性の画家が、才能を見出されて経済的にも潤うのと反比例して、描く絵の力が失われて行く。少なくともそう認識した彼女の関係者は自ら彼女を不幸に陥れるようにして、生産される芸術の質を一定に保とうとする。
他人事(ひとごと)なら何とでも言える。追いつめられた者の発する言葉は、言葉にならない気持ちのはけ口は、奔流となって世界を駆け巡るエネルギーを伴うものかもしれない。だが。副産物をただ享受したいがために、誰かを不幸なままに留めておこうとするのは人でなしだ。
私は信じない。創造は欠落からまた不幸のみから生まれるのだとは。飢えている者の作る作品のみが持ちうる鋭さなど私は志向しない。
たとえ今は持っていなくても。ただの一度も身が触れた記憶がなくても。 さまざまにあるというあの幸福というものの空気を想像しつかの間でも浸ることのできる、そんな作品を世に送り出したいものだ。
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