「暗幕」日記
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2002年02月14日(木) |
創作:Rebirth |
Aの話をします。 生まれつき先見(さきみ)の能力があったせいで、Aは人づきあいに用心深くなりました。Aの予知は突然変異で、他人の前でどのようにふるまったら良いか教えてくれる先人は周囲にいませんでした。失望や悲嘆を前もって当事者同様に感じてしまう苦しみを共感してくれるだけでも違ったのでしょうが。警告かそれとも実利的にか、先見は悪い結果に関するものの方が多かったもので。
Aの能力は幸か不幸か実用的でありすぎました。3日後から3年後までの、客観的にも検証可能な時期を予測するものでした。先が見えない他人にはAが理解できない。虚言ではないだけにAは周囲から距離をおかれることとなりました。まだ絶対の愛情を主食として育つはずの、もの心つく前の幼児の頃から。
成長するにつれてますます悲劇的な内容を予見することが多くなっていったのは、受け入れてもらえない悲しみが習慣化され、人生全般に対しても悲観的な態度として、身にまとう空気の色合いまで変えてしまっていたのも要因であることに、ずいぶん後になるまで本人も気づかなかったのです。
19才のある朝見た、何の変哲もない光景に、致命的な色合いを重ねてAは感じ取りました。今日中に自分は死ぬのだと思い込み、そのまま布団に戻り直して、最後の一日を独りで過ごすことに決めました。かつて通ってきたはずの子宮にも似た、湿った暖かい繭の中で。
昼が過ぎ日が沈んで真夜中になってもAは死ななかった。
はじめての予測が外れたことにAは混乱しました。時間が経って気持ちが落ち着いてはじめて、Aは才能ということについて思いを巡らせることになりました。自分の先見とはどういうものだろう。今回に限って自分の予知が外れたのはなぜだろう。Aは翌日も、布団の中に潜ったまま考え続けました。
結論が出ました。 今まで先見は自分が生きるために邪魔でしかないと思っていたが、そうではない。自分を生かすための能力であるということ。 だから、自分の死は予見できない。そう思ってしまったのは、受け取った情報の解釈を間違えたのだ。 たとえこの能力がなくなってしまっても、自分の価値がなくなってしまったのではない。なければ良いと思っていた、まだあるのなら、使おう。 飛行機が落ちるのを止めることはできない。けれども、その飛行機に知人が乗ろうとしているのを事前に知ったなら、乗らせないようにすることはできる。自分のこの能力について説明しないままでも。
Aが成人してからずいぶんになります。 相変わらず先見はします。たまにですが、良いことも予知できるようになりました。たとえば、ストーブの側にいるわけでもないのに片側の耳が熱くなったら。 友達から嬉しい誘いがあります。それも一両日中に。
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