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「暗幕」日記

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2002年02月01日(金) 創作:城で育てられた子どもの話

その子どもは堅牢な城の中で大切に育てられていた。寒さを感じる前に衣服は着せ掛けられていたし、のどが渇いたと思う間もなく適温の特製茶が差し出されていた。子どもが語るのは要求だけで、二度と同じことを言う必要もほとんどなかった。彼らの世話は行き届き過ぎていた。国の大切な一粒種であるその子が城の中に生きて存在している事実が彼らには重要だったので。

城の外は戦争だった。彼らがその子どもを決して外に出さなかった理由の一つがそれだった。生まれてから城の外に出たことのなかった子どもは、国を巻き込んだ戦乱が起こっているのも知らなかった。やがてその国はよその軍団に攻め込まれて、草木の一本まで焼き払われた。子どもの住む城一つだけを残して。

戦争が終わって大分経っていた。子どもはぼんやりと気がついた。この頃空気が薄くて、なんだか力も入らない。自分の周りにいつもあったはずのあたたかな何かの気配がすっかりなくなっている。
子どもの視力は正常だった。欠けていたのは他の人間を認識する能力だった。それでも子どもははじめて、自分以外に誰も聞いていない言葉を発した。
「ミンナ、ドコ…?」


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