女の世紀を旅する
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2006年01月08日(日) |
北朝鮮の偽ドル札事件と6カ国協議の危機 |
《 北朝鮮の偽ドル札事件と6カ国協議の危機 》
米朝関係を揺るがす火種がまた発生した。 以下は東洋学園大学教授(マスメディア論、国際関係論)・持田直武氏のレポート。今回の北朝鮮の偽ドル札発覚事件が新たな米朝関係の対立激化の要因となることを報告しており,日本にとっても重大な影響を及ぼすことになるかもしれず,事件の推移から目が離せない。
米朝が偽ドル札をめぐる制裁で対立、6カ国協議の根幹が揺れている。制裁解除を要求する北朝鮮に対し、米は偽ドル制裁をテロ戦争の一環と位置づけ、金正日(キムジョンイル)政権の本丸を狙っていることを隠さない。今後の成り行きによっては、6カ国協議は崩壊。北朝鮮は核に体制生存をかけて対決することになりかねない。
● 制裁はテロ戦争の一環
米ブッシュ政権が偽ドル札(スーパーノート)の製造元を北朝鮮政府と断定、その取引銀行、マカオのバンコ・デルタ・アジアに制裁を課したのが9月15日。以来、米朝の対立は激化、6カ国協議の根幹を揺さぶっている。北朝鮮の労働新聞は1月3日、「制裁で我々を圧殺しようとする相手と向き合って座り、体制守護のために作った核抑止力の放棄を議論することはできない」と主張。中国が提案した1月中の6カ国協議再開を拒否。再開の条件として、米の制裁解除を要求した。
これに対し、米国務省のマコーマック報道官は3日の記者会見で、「6カ国協議と制裁は別々の問題、関連させるべきではない」と主張。再開の条件として制裁解除を要求する北朝鮮に反論した。同報道官によれば、制裁は9・11テロ事件を機に制定した愛国法(Patriot Act)に基づく措置。米の金融システムをマネーロンダリングなどのテロ関連行為から護る、いわばテロ戦争の一環という。従って、米政府が6カ国協議再開の条件として取り引きすることはないという立場なのだ。
この米朝の動きに対し、6カ国協議の議長国、中国が傍観しているわけではない。共同通信によれば、武大偉外務次官は12月21、22の両日、北朝鮮の金桂寛外務次官と瀋陽市で会談、仲介をした。この席で、金次官は打開案として「米が証拠を示し、違法行為が明白なら、我が国の国内法で(関係者を)処罰することも検討し得る」と述べたという。米がこの案にどう答えたか明らかではない。しかし、「国内法で処罰する」という解決方式は、末端の者に責任を負わせ、政府は関与していないことを表明するもの。日本人拉致事件の責任問題で、北朝鮮がとった方式だ。ブッシュ政権がこの手に乗るとは思えない。
● ブッシュ政権の狙いは金正日政権
今回の偽ドル問題で、ブッシュ政権が狙いを付けているのは、金正日政権の本丸である。それは、ブッシュ大統領はじめ政権幹部の最近の一連の発言が示している。同大統領は12月12日、フィラデルフィアでの演説で、「北朝鮮は核保有を宣言し、その一方では、偽ドル札を製造、国民を飢餓に追い込んでいる」と非難した。これに先立って、バーシュボー韓国駐在大使もソウルの記者クラブで、金正日政権を「犯罪政権」と罵倒。また、ジョセフ国務次官はバージニア大学の演説で、金正日政権は「長続きしない」という厳しい見方を表明した。
このブッシュ政権の強硬な立場は、英警察が10月7日、アイルランド労働党のガーランド党首をスーパーノートの頒布容疑で逮捕したことと無関係ではない。ワシントンの米連邦大陪審はすでに5月19日に同党首を起訴。司法省は同党首逮捕後の10月12日、起訴状の内容を公表した。それによれば、罪状は「偽100ドル札スーパーノートは北朝鮮政府の指示のもと、同国内で製造、政府職員が世界に頒布した」と断定。「ガーランド党首は仲間6人とともに1997年から2000年にかけて、スーパーノート約100万ドル分を英国などで頒布、同時に北朝鮮政府の関与の証拠もみ消しを謀った」となっている。
ガーランド党首は逮捕後、無罪を主張、病気治療を理由に保釈されたが、いずれ米国に引き渡され、裁判が始まる。そして、法廷の場で、検察側はブッシュ政権の立場を代弁し、北朝鮮政府の犯行を証拠に基づいて立証することになる。スーパーノートは、推定では現在1億ドル相当が出回っているという。その製造と頒布、マネーロンダリングなど、一連の犯罪行為に関わった関係者も膨大な数に上るはずだ。裁判の判決が有罪、つまりブッシュ政権の主張を認めて、北朝鮮政府の犯行と断定する判決が出た場合の影響は計り知れない。
● 6カ国協議の根幹が崩れる危機
米が、偽ドル製造やマネーロンダリングを外国政府の犯行と断定して裁判するのは初めてだが、それに近い例はある。1988年、連邦大陪審がパナマの最高指導者ノリエガ将軍を麻薬取引とマネーロンダリングで起訴した例だ。当時のブッシュ(父)政権は翌年、パナマに米軍を派遣、同将軍を逮捕して米に連行。裁判で懲役40年、その後30年に減刑したが、今も拘束している。今回の偽ドルの場合、北朝鮮政府と政府職員は偽ドルを製造し、頒布したと断定されたが、起訴はされていない。しかし、今後ガーランド党首の裁判の過程で、新たな証拠が出れば、北朝鮮の政府関係者が起訴される可能性も排除できない。
去年7月まで、国務省上級調整官として偽ドル事件を担当したアッシャー国防分析研究所研究員は、「ノーチラス研究所」(電子版)への寄稿文で「偽ドル製造は米国に対する戦争行為」と次のように指摘している。「北朝鮮は偽ドル製造、麻薬密売など、違法行為を国家の外交、経済政策に取り入れているマフィア国家だ。偽札製造は国際法上の戦争行為に該当する。こうした国家の外交官に外交特権を認めるべきではない」。北朝鮮は6カ国協議再開の条件として、ブッシュ政権に対し、制裁の解除を要求しているが、米国内の雰囲気はそれを許すようなものでないことがわかる。
6カ国協議は02年10月、北朝鮮のウラン核開発疑惑が浮上したあと、ブッシュ大統領が提唱。05年9月19日の第4回協議で、北朝鮮の核放棄と軽水炉提供の検討を盛り込んだ共同声明に合意した。だが、すぐに米朝は軽水炉提供の時期で対立、協議の先行きに暗い影を投げた。偽ドル問題の深刻化は、その直前、ブッシュ政権が北朝鮮の主要取引銀行、バンコ・デルタ・アジアに制裁を発動したのがきっかけ。背景には、ガーランド党首逮捕が象徴的に示す米司法当局の動きがある。今後、同党首の裁判の成り行き次第で、米朝の対立激化は確実で、ブッシュ大統領の6カ国協議戦略も根幹が崩れることになる。
● 北朝鮮は核に体制の生存をかける
北朝鮮は、米の追求を「北朝鮮圧殺政策」と反発、対決姿勢を露わにしている。12月23日には、朝鮮人民軍の金永春総参謀長が平壌の軍関係の集会で「米は6カ国協議の裏で、我が国の制度転覆を狙い、制裁に固執している。この敵視政策が続く限り、我々は軍事的抑止力を数千倍に強化して対抗する」と強調、核開発促進を主張した。冒頭部分で引用した1月3日の労働新聞が「体制守護のために作った核抑止力の放棄を議論することはできない」と述べたのは、核兵器が体制守護の武器であることを明確にしたものだ。状況によっては、核に体制の生存をかけることを示している。
日本は1月下旬、北朝鮮と3年ぶりに国交正常化交渉を再開するが、偽ドル問題が今のような展開を続ける限り、交渉には限界がある。北朝鮮は米との対決は深刻だが、中国、韓国との関係は進展している。韓国統一省の発表によれば、05年の南北貿易は前年より51%増えて10億ドルを突破した。北朝鮮は、この関係を日本にも広げ、米を孤立させることを狙うだろう。しかし、日本は拉致と核開発問題の解決を関係改善の前提としている。万が一、拉致問題に解決の兆しが見えたとしても、核問題は米朝関係が好転しなければ、解決しない。現状では、日朝の関係改善は、米朝次第ということにならざるをえない。
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