女の世紀を旅する
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| 2004年11月20日(土) |
中国脅威論:原子力潜水艦侵入問題と日中関係 |
中国脅威論: 原子力潜水艦侵入問題と日中関係
2004/11/20
先日,日本の安全保障を脅かすような事件がおきた。いずれ東アジア情勢は中国の覇権とアメリカの覇権との衝突が予想されるが,より具体的には中国と日本の国益をかけた対立と衝突が近未来に起きるのは必至と私はかねてから予想している。共産党支配の中国は政治優先の国であり,党と国益のためなら軍事行使もいとわないことに留意しておかねばならない。
今回の原潜侵入事件に対してTANAKA SAKAI氏が国際的な視点に立った鋭い問題点を提起しているので,以下に紹介しておきたい。
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11月10日、沖縄の石垣島沖合いで、中国の潜水艦が日本の領海を侵犯した事件は、小泉政権で政策決定する人々にとっては「飛んで火に入る夏の虫」だった観がある。
日本政府は、冷戦終結でソ連が消滅した後、日本にとっての「脅威」として、これまで北朝鮮を挙げてきた。特に1998年のテポドン発射の後、日本国内では北朝鮮の脅威性が強く打ち出されるようになったが、最近では、北朝鮮の問題は6カ国協議で解決が模索されている。北朝鮮の問題は、うまく解決できれば、日本、中国、韓国、ロシアといった東アジア関係国が協調体制を確立する最初の契機となる。
韓国の盧武鉉(ノムヒョン)大統領は11月13日、ロサンゼルスで行った講演の中で「北朝鮮は、核とミサイルを外国の威嚇から自身を守るための手段だと主張しているが、この主張は一理ある」と述べ、北朝鮮の核保有を容認する姿勢を見せた。
韓国だけでなく中国も、従来から「北朝鮮は核兵器を持っている」と断定するアメリカに対して「持っていないのではないか」と主張する傾向があり「北朝鮮が核兵器を持っていたとしても、周辺諸国やアメリカとの関係が安定すれば、核を使うことはない」と考えて、北朝鮮から無理やり核を除去して東アジア地域を不安定化させるより、核保有を黙認しても北朝鮮を東アジア諸国を中心とした国際社会に受け入れ、地域の安定を維持した方が良いと考えているふしがある。
その一方で、アメリカは東アジアの問題より前に、イラクを中心とする中東の問題に没頭させられる時期が続きそうで、北朝鮮問題に対しては従来以上に「タカ派的な投げやりな態度」になるのではないかと予測される。
●改憲論議のタブーを乗り越えさせた中国の黒船
こうした中で、日本だけが北朝鮮を敵視しつづけることは得策ではないとする見解もあるようだ。北朝鮮を真ん中に置いて、韓国、中国、ロシアがエネルギー関係などで経済関係を強化していくことになったら、日本だけが東アジアの新しい発展のチャンスに乗り遅れてしまう。そうした理由から、小泉政権は北朝鮮への敵視をほどほどに止め、代わりの仮想敵を探すことにしたのではないかというのである。代わりの仮想敵とは「中国」である。
小泉政権は、日本の防衛方針である「防衛計画の大綱」を作るための予備的な議論を行う首相の諮問機関として「安全保障と防衛力に関する懇談会」を作り、今春から議論していた。そこでは中国を日本の仮想敵国とすることが検討され、懇談会が10月に提出した提言にも、沖縄方面での防衛(島嶼防衛)に重点を移すことが盛り込まれ、中国脅威論を前提とした防衛政策が作られつつあった。
11月7日には、防衛庁が「海洋資源問題、尖閣諸島問題、台湾問題の3点について、中国が日本を攻撃する可能性がある」と内部協議で検討し、それが防衛計画の大綱に盛り込まれることになりそうだと報じられ、日本では「中国の脅威」がいっそう煽られた。
【ニュース 防衛庁が十一月末にも策定する新防衛大綱に向けた部内協議で、中国が日本を攻撃する可能性について「海洋資源権益をめぐる対立」と「尖閣諸島領有権問題」「中国・台湾間の紛争からの波及」の三つのケースを具体的に想定していたことが11月7日、分かった。
今後の防衛力整備のための予測分析だが、中国の脅威に対する警戒感を強く示したもので、東シナ海のガス田開発や尖閣諸島をめぐり日中間で対立が続くなか、中国側の反発を招きそうだ。
この想定は、防衛庁が九月にまとめた「防衛力のあり方検討会議」(議長・防衛庁長官)最終報告に明記された。アジア地域の軍事情勢を分析する中で中国の日本攻撃に言及している。同庁は最終報告を新大綱のたたき台と位置付けたため、公表しなかった。
関係者によると、報告書は中国が「台湾や米国への対抗を念頭に軍事力を強化し、将来はアジア・太平洋地域で最大の軍事力を持つ」と予測。 その上で, (1)中台紛争が起きた場合、在日米軍に対する支援を日本に行わせないため局地的に対日攻撃
(2)尖閣領有権問題で中国の国内世論の批判が中国共産党に向かい、指導力を脅かすほど拡大すれば、世論の矛先を国外に向けるため尖閣諸島に武力行使
(3)日本が断固とした対応を取らないと中国が判断した場合、海洋権益で不法な行動に出る−の3ケースを列挙した。
さらに「(中国は)軍事手段での国際問題解決が自らの発展を妨げることも認識して武力行使には慎重」と分析する一方、「主権の確保、領土の保全、海洋権益の拡大、共産党一党独裁の堅持には断固対処する公算が大きい」と明記、状況によっては武力行使に踏み切る可能性を指摘した。〈東京新聞〉】
そしてその3日後の11月10日、中国の原子力潜水艦が石垣島沖で領海侵犯したことが確認され、日本は大騒ぎとなった。中国政府は11月16日に遺憾の意を表明し、日中の対立は一段落したが、日本の言論界が「中国脅威論」で持ちきりになる中、翌17日には新しい防衛計画の大綱の要旨が発表され「南沙諸島などの領土問題や中台関係」という表現で、日本に脅威を与える事項として中国関連の問題が盛り込まれることが明らかになった。
また11月17日には、日本国憲法9条を改訂し「自衛軍」の設置を明記することを盛り込んだ憲法改訂案を自民党が発表した。これまで日本国内でタブーとされてきた憲法改訂論議は、故障の結果間違って領海侵犯してしまったとされる中国の「黒船」によって実現されるかたちとなった。
【ニュース 自民党憲法調査会(保岡興治会長)は11月17日、憲法改正草案大綱の素案をまとめ、同日の憲法改正案起草委員会に提示した。前文を含む現行憲法の全面改正を目指すもので、焦点の9条については「戦争放棄」をうたった1項は残すものの、「自衛軍」の設置と集団的自衛権の行使を明記した。象徴天皇制は維持するが、天皇を「元首」と明確に位置づけ、女性天皇も認めた。
素案は前文に盛り込む「基本的考え方」と、「総則」から「改正」までの9章で構成。今年1月からの調査会の議論を踏まえ、調査会幹部がまとめた。年内に大綱をまとめ、結党50年の来年11月に党の憲法改正草案として正式決定する。 安全保障に関する規定では、「個別的、集団的自衛権を行使するための必要最小限の戦力を保持する組織として、自衛軍を設置する」とし、現行の憲法解釈では認められていない集団的自衛権行使の容認に踏み込んだ。また、自衛軍の任務として、「国際貢献のための活動」を明記、海外での武力行使を伴う活動にも道を開いた。 一方で、武力行使を伴う活動を行う場合、原則として事前の国会承認を義務づけるなど、一定の歯止めをかける規定も整備。「国民の責務」として「国家の独立と安全を守る責務」を挙げたが、徴兵制は否定している。非核3原則も憲法に盛り込むとした。
天皇については「元首」としての位置づけを明確化。「皇位は世襲で男女を問わず皇統に属する者が継承する」として、女性天皇を容認した。「日の丸」を国旗、「君が代」を国歌とすることも「総則」に盛り込む。〈朝日新聞〉】
●中国は「日清戦争のときのように負ける」
中国の潜水艦や探査船などが琉球列島の近くをうろうろするようになったのは、最近に始まったことではない。中国は、東シナ海での海底油田・ガス田の開発や、沖縄本島と宮古島の間の海域を抜けて中国の潜水艦が太平洋に出入りする水路を設定するために、1995年ごろから日本の排他的経済水域に調査船などをたびたび派遣し、尖閣諸島の領海内に入り込んだりもしている。
しかし、日本側はこれらの中国の行為に比較的寛大だった。最近、日本側で問題になっている東シナ海での中国による海底油田・ガス田の開発についても、今年に至るまで「日本側も対抗して開発を進めるべきだ」「中国に開発を停止させろ」といった主張は、日本国内では大きな声にはなっていなかった。
実際のところ、中国の軍事力は、日本と比較するとまだかなり低い。反日色が比較的強い香港の新聞「連合早報」は10月25日付けで、東シナ海のガス田(春暁ガス田)問題で日本と戦争したらどうなるかを予測する分析記事の中で、次のように書いている。
〈 中国の新型国産潜水艦である「宋級」は、日本の「おやしお」「なるしお」系の潜水艦に比べ、総合的な戦力ではるかに劣っている。信号傍受能力など情報戦でも日本の方がはるかに進んでいる。空軍も日本は完全にアメリカの水準をこなしており中国よりずっと上なので、日本と戦争したら日清戦争のときのように中国は完敗するだろう。だから、日本と戦争するよりも、むしろ日本から止めろといわれている春暁ガス田の開発をいったん停止し、日本との関係を改善し、日本側と合同で開発できる状態にして再開した方がいい。中国はガス田の開発を止める交換条件として、日本に「台湾を支持するな」と要請することもできる。〉
●米軍の再編との関係
日本がこれまで東シナ海における中国側の排他的水域侵犯行為を黙認する傾向があったのは、日本政府が中国に気兼ねしすぎていたからだ、という見方もあるが、日本政府はこれまで中国を敵視する必要がなかったのが、 ここに来て仮想敵を新たに設定する必要が持ち上がり、そのために中国に対する敵視が強められたのだとする考えがある。仮想敵国を必要とする原因を作ったのは、日本に対するアメリカの軍事的な関与が変化しているからだという見解である。
アメリカはここ1〜2年、日本や韓国、ドイツなどを含む全世界に駐留する米軍について、駐留している国(在日米軍の場合は日本)を守る機能を縮小ないし停止し、駐留米軍は世界全体で「テロ戦争」などを行うための軍隊に衣替えする、という世界的な軍事再編を実施している。
これは見方を変えると、アメリカが日本の防衛から手を引き、自衛隊が日本を防衛を主導せざるを得ない時代が始まっていることを示している。しかし、当事者であるアメリカは、軍事機密保持のためか、軍事再編の意図を曖昧にしたまま計画を進めたいようで、日本側でも「米軍がいなくなるので自衛隊を増強せねばなりません」と明確に言うことができない。
そのため、日本が軍事的にアメリカの傘の下にあるという言い方を続けつつ、中国という仮想敵国を新たに作り、その脅威に対処するということで日本の防衛力を強化し、在日米軍の撤退に備えるということではないか、と思われる。
●日本は外交の上でもっと好きにやればよい
しかし日本政府はその一方で、中国とあまり仲が悪くなることができないというジレンマがある。アメリカは、外交的に中国に大きく譲歩し、東アジアの安定はアメリカが守るのではなく、中国を中心とした地元の諸国で自主的にやってほしいという態度を強めている。加えて、日本国内で反中国の意識が高まると、呼応して中国で反日意識が高まり、中国で商品を売ったり作ったりしている日本企業が不利益をこうむるというマイナス面もある。
EUはアメリカのGPSに対抗するかたちの人工衛星を利用した位置確認システム「ガリレオ」の開発を進めているが、中国は最近、この開発に本格的に参加することを決めている。また中国は、アメリカがイランを敵視する分、イランと石油開発などの事業で合弁する一方、イランの核兵器疑惑を国連の場に持ち込むことに反対するイランの味方をしている。
中国はまた、インドとパキスタンの和平交渉を取り持つなど、アメリカに対抗しつつ世界を安定させる大国の一つになりつつある。国際社会で力をつけている中国の存在をアメリカは容認しているということは、日本が中国と対立を深めてしまうことは、下手をすると日本の孤立につながりかねない。
今回の領海侵犯事件では、マスコミなど日本の言論界では「政府の対応は生ぬるい」「中国の傲慢を許すな」など、戦前の日本の鼻息の荒さはこんな感じだったかもしれないという感じの好戦的な論調が一気にあふれたが、これと対照的に、小泉首相など日本政府の対応は、中国に対して好戦的な態度をとらず、早急かつ穏便に騒ぎを終わらせようと努力していた。
この差は、日本政府はアメリカが中国を今後の東アジアの中心と考え、日本も中国と協力してアジアの安定を守ってほしいと希望していることを知っているのに対し、言論界ではそうした大状況を勘案しない人々が大半だったことを示している。
中国が世界の大国としてふるまえるのは、アメリカに対する気兼ねがあまりなく、アメリカが嫌う国々との関係を密接にしたり、ガリレオなどアメリカに対抗する事業にも参画できる自由をもっているからだ。日本が中国に対抗しようと思ったら、日本もアメリカに対する気兼ねをやめて外交的にいろいろやれば良い。世界の多極化がしだいに確定的になり、日本にとっても外交的な可能性が広がっている。だが、日本では政府にも、マスコミやネット上の言論界にも、そのような発想はほとんどない。
アメリカ政府自身、日本にもっと好きなように振る舞ってほしいと思っているのではないかと感じられるが、その一方で、日本側は以前に「大東亜共栄圏」の時代に世界に出て行って失敗した教訓からか、臆病になっているふしがある。日本の言論界では、被害者意識に基づいた脅威論ばかりが目立つ。これでは、中国と同じ土俵にすら立てない。日本が中国より外交的に劣った存在である状態が固定されてしまう。日本の「国益」を考えているのなら、日本の言論人は、今後,世界の時流と大局を深く読み解くことが求められよう。
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