女の世紀を旅する
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2002年08月24日(土) |
イラク戦争をめぐる米国政界の対立の構図 |
《スコウクロフトのアルマゲドン=クーデター》
2002年08月24日
● イラク攻撃への米国民の不安はつのっている
昨年の9・11からまもなく1年が経とうとしている。911直後は、世界がアメリカを中心に結束したが、今は大きく揺らぎ始めている。その理由は、アメリカが強く打ち出しているイラク攻撃にある。
ここで、気になるのは米国民の反応だが、最近行われたワシントン=ポストとABCテレビの合同世論調査では、米国民の69%がイラクのフセイン政権打倒を目的とする軍事攻撃を支持すると回答し、反対の22%を大きく上回った。
ただし、「米単独の攻撃を支持するか」との質問では、支持は54%に下がり、逆に反対は33%まで増加している。また「米兵に相当数の死傷者が出た場合でも攻撃を支持するか」との問いでは、支持が40%に急落、反対は51%に跳ね上がった。
イラクの脅威は認めるものの、単独での攻撃には首を傾げ、もうこれ以上死傷者を見たくないと思っているようだ。少しずつ本来の姿に戻りつつあるように見えるが、やはり米国民が9・11のショックから立ち直るには、まだ時間がかかりそうだ。
● 新保守主義ネオコンの著しい台頭
こうした中で、「米単独でもイラクをやっつけるんだ」と主張する勢力が、ブッシュ政権内で依然として強い権力を握っている。
代表格はポール=ウルフォウィッツ国防副長官やリチャード=パール国防政策委員会委員長等の「新保守主義(ネオ・コンサーバティズム.略称ネオコン)」と呼ばれる人々であるが、彼らを政権に呼び寄せたチェイニー副大統領やラムズフェルド国防長官とともにタカ派のサークルを構成している。
ネオコンは、共産主義に失望して対ソ強硬路線に転じたベトナム反戦の左派リベラルからの転向者も少なくない。彼らは、世界に背を向ける孤立主義が多かった従来型保守勢力とは明確な一線を画し、単独行動を辞さず、力による秩序、強力な同盟関係、イデオロギー外交としての人権・民主主義・資本主義の拡大を追求する。ソ連を「悪の帝国」と呼んだレーガン時代の外交を冷戦後の現実にあてはめて、「アメリカの秩序」を強く訴える。
そして、彼らは学者集団であり、徹底的な理論武装を好む。米国をかってのローマ帝国や大英帝国の威勢も上回る史上例のない「帝国」になぞらえ、アメリカによる「新帝国主義」論を信奉する人が多いのも特徴だ。
このネオコンの台頭こそが、現在のアメリカを象徴している。つまり9・11こそがパクス=アメリカーナ(アメリカの平和)の衰退、即ち「終わりの始まり」を象徴する出来事だったようだ。その焦りがネオコンの台頭に繋がったのではないかと考えられている。
このネオコン勢力が中心となって、強く打ち出しているのが、京都議定書や包括的核実験禁止条約(CTBT)からの離脱に見られるユニラテラリズム(アメリカ一国主義)である。
これに対して、湾岸戦争時に統合参謀本部議長を務めたパウエル国務長官は、戦争の現場を知り尽くした叩き上げの軍人として、現実主義の見地から理論派であるネオコンとことごとく衝突する。しかし、絶えることのないパウエル辞任の噂が示すとおり、ネオコンの前にパウエルの主張はかき消されていくように思われる。
● パウエルの力強い援軍、スコウクロフト元大統領補佐官
8月に入ってブッシュ大統領のイラク攻撃に向けた発言がややトーンダウンする。これにはある大物が深く関係している。陸軍士官学校卒業後、空軍中将で退役した、ブレント=スコウクロフト元大統領補佐官(国家安全保障問題担当)が、パウエルに合流し、強烈なブレーキをかけたのだ。
スコウクロフトは、強硬姿勢を前面に出す現政権の政策に対して微妙に距離を置いてきたが、いよいよ表舞台に登場する。ベーカー元国務長官、そしてブッシュ元大統領でさえもその背後にいるようだ。
スコウクロフトは、ニクソン、フォード、ブッシュ・シニアの共和党政権を支えた長老格の人物で軍関係者の絶大な信頼を今なお集めている。ネオコンのパウエル包囲網も彼には通用するはずがない。格の違いが歴然と存在している。
キッシンジャー・アソシエイツの副会長を務め、ライス現大統領補佐官を学界からスカウトしたことで、彼女の「師匠」とも言われるが、なによりブッシュ家と最も近い関係にある。その彼が、8月4日のCBS「フェイス・ザ・ネーション」に出演し、イラク攻撃が「中東地域全体を煮えたぎった大釜に変え、テロとの戦いも破壊することになる」として、自制するよう強く促したのである。そして、「まず取り組むべきは課題はイスラエル・パレスチナ問題である」と欧州勢の主張を代弁するかのような発言を行った。
そして8月12日付けのワシントン・ポストで、共和党の有力論客であるヘンリー=キッシンジャー元国務長官と政治評論家のロバート=ノバクが、それぞれ積極論と消極論を展開した。この記事の中で、ノバクは、強力な援軍の登場により息を吹き返したパウエル、アーミテージ正副国務長官が、そろってブッシュ大統領と腹を割って会談し、慎重に対イラク政策を運ぶよう上申したと暴露し、性急なチェイニー副大統領らに対する党内の懸念を紹介した。
なお、スコウクロフトは、以前から、政権の一部を指して、明確にユニラテラリズムと表現し、朝日新聞とのインタビューでは、「ブッシュ政権には、一国主義的傾向の人が入っている。だが、対テロ戦に協力が不可欠と分かれば、徐々に変わっていくと思う」と発言している。
一向に変わる気配も見せないネオコンに対してスコウクロフト以外にも立ち上がった大物がいる。
● 対立の構造 ユニラテラリズム vs マルチラテラリズム
学界での論争も激しくなってきた。ネオコンが主導するユニラテラリズムに対して、先頭に立って警告を発しているのが、ジョセフ=ナイ(ハーバード大ケネディ行政大学院学長)である。かってのハト派のイメージをかなぐり捨てて、ネオコン派の首領的論客チャールズ=クラウトハマーを名指しで強く批判した記事は世界的な話題となった。
この記事が掲載されたのは、6月16日付けの英フィナンシャル・タイムズであった点が重要である。
チャールズ=クラウトハマーは、ワシントン・ポストやウィークリー・スタンダードにコラムを連載している。現在の米言論界では、大手のほとんどがネオコン派の強い影響化に置かれており、主張の場を欧州系メディアにシフトしているのが実情だ。それでは、3日前の6月13日の米インターナショナル・ヘラルド・トリビューンのジョセフ=ナイの記事はどうなるのかと問われそうだが、インターナショナル・ヘラルド・トリビューンは、ニューヨーク・タイムズとワシントン・ポストを親会社としてフランス・パリの本社で編集・発行されている。
ジョセフ=ナイは、相互依存論の雄として知られているが、クリントン前政権で国家情報会議(NIC)議長、国防次官補(国際安全保障問題担当)を歴任したグローバル派であり、国際政治学者、安全保障の専門家として米国の外交指導者層の主流を歩んできた。その彼が、今再びユニラテラリズムに対抗して、米国の国益のために、軍事力や経済力だけに頼らず、他の国民を引きつける価値観や文化などのソフト・パワーによるマルチラテラリズム(多国間主義)を取るべきだと説いている。
● スコウクロフトのアルマゲドン=クーデター
7月22日、ブッシュ政権は、国連人口基金への3400万ドル(約40億円)の拠出の中止を発表する。この知らせは、キリスト教右派勢力に熱狂的に迎えられた。宗教右派は、基金の支援によって中国で強制的な避妊や中絶が行われているとし、支出に反対していたのだ。目前に迫った中間選挙と2004年の大統領選に向けて、なりふり構わず票獲得へと突き進む。
次なるターゲットは、人口約600万人のユダヤ系米国人の票である。エンロンやワールドコムに代わる大口政治資金を求めて、民主党の基盤に深く足を踏み入れた。共和党がイスラエルの軍事行動支持を一貫して打ち出す理由が、ここにある。
この点を踏まえて「冷静なプラグマチスト」であるスコウクロフトは、8月15日の保守系ウォール・ストリート・ジャーナルに寄稿した。そのタイトルは、ずばり「サダム=フセインを攻撃するな!」である。この中で、もしイラク戦争が起これば,はっきりとイスラエルを巻き込んだ核兵器によるアルマゲドン(世界最終戦争)の可能性を強く警告した。
一方、パウエル、アーミテージ正副国務長官は、ブッシュ大統領に続いて8月13日にはキッシンジャー元国務長官を呼び寄せ、パウエル陣営に引き込むことに成功したようだ。これもスコウクロフトが大きく関わっていると見られている。そして、ブッシュ元大統領の国務長官であったローレンス=イーグルバーガーもABCニュースで「すべての同盟国が反対する中で、なぜ今イラク攻撃を行われなければならないのか」と疑問を投げかけた。
慌てたのがリチャード=パールである。フランスからわざわざ抗議の電話をかけてきた。なぜフランスにいたのかは定かではないが、ブッシュ政権内でリチャード=パール不在を狙った一種のクーデターのようなものが起こったとも考えられている。ブッシュ大統領も8月6日から長い夏休みに入っており、絶好のタイミングで行われたようだ。
●逆説の逆説
ジョセフ=ナイは、かって、現在のグローバリゼーションがアメリカナイゼーション(米国化)と誤解され、世界の反米主義者から反発を招く危険性を指摘していた。
戦後、究極のグローバリゼーションを国策として追求しながら、グローバリゼーションとアメリカン・スタンダードを見事に混同し、『山椒魚』のごとく、ひきこもったまま出てこない日本もその一例である。
とはいえ、アメリカ文化と価値観の押しつけに対して世界各地で抗議の声が高まっていることも事実であり、ソフト・パワー主義の修正も行われるべきだが、彼らにはまだその解決の糸口が見いだせていないようだ。 ジョセフ=ナイ氏が著書『米国のパワーの逆説』の中で、最も厳しい警告を発しているのは、古代ローマ帝国の衰亡の比喩である。
「蛮族(ゲルマン民族)の侵入がローマ帝国を打ち破ったのではない。すでにローマは内側から腐敗し,弱体化していたのだ」 「米国は内側から腐らない限り、決してテロリストに滅ぼされることはない」と語っている。
いずれにせよ、今,アメリカは歴史的な瞬間を迎えつつあるのは確かだ。 もしイラク戦争が起これば,アメリカのみならず世界中が大きな激動と動乱の時代に突入することになろう。
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