ふうこの英国留学日記-その後

2002年02月15日(金) 私の帰る場所

今日は、とても天気がよく、気分が良い。
なぜか、少し自分の憂鬱やイライラが吹っ切れたような感じ。
昨日のバレンタインは勉強しなかったけど、私の好きな人たちといっぱい話をすることができたし、日本にいる彼からも、ひさびさに電話があった。

私は、田口ランディのMMの読者であるのだが、今日配信された記事を読んでいたらなんだか、とてもじーんとくるものがあった。
そのエッセイの中で、失われた生活を取り戻すことにより、彼女は彼女自身を取り戻し、その場所からエネルギーを得ていかないと、何もできないとわかった。というようなことを書いていた。

私の尊敬する須賀敦子は、著作「ユルスナールの靴」の中で、「ぴったりと合った靴があれば、どこまでも、歩いていける気がした」と書いているが、私は田口ランディも、彼女も本質的には同じことを言っているような気がする。

忙しい生活や、世間の評判?やら、悪意ある他人や、自己嫌悪など、私たちは様々な理由から、自分を見失ってしまう。自分のベースがどこにあるのかわからなくなってしまう。
それは、きっと田口ランディが言っているように、身近な自分の生活の中で、築いていくしかないし、自分探し(この言葉はバカみたい)なんてする必要なしに、ある程度生きてきた人間だったら持っていると思う。

その個人にとっては、そのベースとなっている価値観や、世界がどういうものであるのか? は当たり前すぎて、人はしばしば無自覚になりやすい。しかし、そこがおぼつかなくなると、人は生きるエネルギーを失ったり、他に対して攻撃的になったり、不安に苛まれてしまったりする。

逆に、自分のベースがしっかりあれば、どこまでも飛んでいけるような気がする。私が持ちたい自分の靴というのは、それを履くことで、逆に制限がなくなるような、そういうもの。自分の価値観にとらわれて、狭くなってしまうのではなくて、それが他のことを理解し吸収するための媒体となるような、考え方や物事の見方。

私は、以前好きになった彼に、「あなたはなんだか、私の帰りたい場所って感じがする」と言った。彼は「ふうの、帰りたい場所であるっていうのはうれしい」と言ってくれた。

私が帰りたい場所、それは、私が私でいられる場所。そこが、私のすべてのエネルギーの原点だと思う。


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