観能雑感
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2009年06月04日(木) |
第31回 近藤乾之助試演会 |
第31回 近藤乾之助試演会 宝生能楽堂 PM6:00〜
仕舞 『八島』 宝生 和英
狂言 『富士松』 シテ 野村 万之介 アド 石田 幸雄
能 『松風』脇留 シテ 近藤 乾之助 ツレ 大坪 喜美雄 ワキ 宝生 欣哉 アイ 深田 博治 笛 藤田 六郎兵衛(藤) 小鼓 住駒 幸英(幸) 大鼓 亀井 忠雄(葛) 地頭 三川 泉
袴能なので演者の身体の有様が如実に解る。装束を付けて見事な人はさらにその良さが際立つ。 シテは胡桃染の紋付に灰汁色の袴。銀髪に映えて、良く似合っていた。より引き込まれたのは、主にシテ一人の演技になってから。身体を形作る端正な輪郭は、存在の確かさの縁取りである。葛桶に腰かけてシオル姿は、型が内面の充実を表現する手段であることを如実に感じさせる。心の奥底で泣いているようだった。行平の形見を手にする姿は、恋慕というより業を感じた。愛おしくもあり、厭わしくもある物。なりふり構わず過去の恋情に自ら捕われる、というのが一般的な松風像ではないかと思うが、乾之助師が現出せしめた彼女は理知的で、誰よりも恋の苦味を実感しているようだった。執着というのはないに越したことはなく、恋もまたしかり。あればあったで苦しみの種は尽きない。それでも捨てられない。だから苦いのだ。この姉妹が潮を汲むのは、決して尽きることのない思慕と、それ故に成仏できない存在であることを表しているのではなかろうか。海水は、無限の象徴であろう。六郎兵衛師の中之舞は、裏寂れた浜に吹く風を感じさせるものだった。 最後に僧に回向を願ってシテは去る。その姿は成仏が叶わぬ身であることを自覚し、納得しているようだった。乾之助師の松風に「幸せですか?」と問うと、「解らない。でも満足している」と答えるような気がする。そんな彼女が愛おしく、また痛ましく、能楽堂を後にしてから一瞬締め付けられるように胸が苦しくなった。 乾之助師の能を観ると、自然といろいろな事に思いを巡らす。そういう舞台に出会えるのは僥倖である。来年もこの試演会が開催されるよう、心の底から願っている。
こぎつね丸
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